ブログ転居で最後のポスト

  • 2013/10/03(木) 00:40:23

すでにお知らせしているとおり、このDTIブログが閉鎖になるのでFC2に転居することにした。すでに1週間前からFC2でのポストを始めている。

DTIはあまりメジャーなプロバイダではなかったが3年もいると使い勝手が良くて、すっかり居心地が良くなっていた。当初は1日のアクセスが10に満たなかったが最近では平均200前後にまで増えてきていて、多い日には500、1000まで行くこともある。グーグル検索の上位にあるワードも増えてきていた。そんな中でまたゼロから再出発となる。

私は以前にも幾つかのブログサイトを遍歴している。ヤフーブログでも2度ほどやってみたが、全然アクセスが増えないので半年でやめたこともある。人気ブログサイトだからいいというものでもないようだ。ヤフーブログはほったらかしのままだが、キチンと閉鎖してFC2に再録する価値のある記事だけ再アップロードしようと思っている。

ひと頃は昔から愛用するブラウザOPERAのコミュニティでブログを英語で書いていた。OPERAコミュニティは日本人はあまりおらず、ワールドワイドである。OPERAではHost-Linkというアクセス解析サイトを利用できた。毎日のアクセスが世界地図で表示され世界中からビジターが来るのがわかるのでとても面白かった。私のブログへはおおむね日本文化への関心が高い欧米系諸国からのアクセスが多かったが、ほとんどなかったのが中国、インド、アフリカ、南米。東南アジアは多かったかな。3年ほどやったが、今は放置している。英語で書くとくたびれる。

DTIブログの住人達は混乱に陥っている。盛んに転居通知が飛び交っているようだ。多くの人が私と同じようにFC2に転居しているようだ。いずこのブログサイトもおおむね丸ごと引越しサービスをしているんだが、その対象にDTIブログを含めているのはFC2だけなのである。まぁ、おかげさまで私の場合も過去記事・画像をまるごと引っ越せたのである。

FC2を1週間使ってみて、記事をポストする分には差はないのであるが、アクセス解析がとても使いづらいのが難点。アクセスの情報量は多いのであるが、その都度別画面にログインする必要があり、面倒だ。そのうち慣れるのだろうか。

ともかく、このポストをもってDTIブログ最後のポストとしたい。今後はFC2の「一歩 日豊 散歩」をよろしくお願いします。

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宇佐市大洲

  • 2013/10/02(水) 01:52:26

古い街並専門サイトの「郷愁小路」によれば宇佐市大洲にも懐かしい街並があるという。築上からの帰り道に寄ってみた。

長洲は宇佐市の海岸部、駅館川の河口部にある。昔は肥前島原藩の飛び地で港町として栄えたとか。

何の予備知識もないので、およそこの辺だろう、という地域をグルグル回ってみた。最近でできた広い道ではなく、少し入った狭い道にチラホラ古い建物が散在している。
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P9239373 posted by (C)オトジマ

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P9239374 posted by (C)オトジマ

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P9239375 posted by (C)オトジマ

たしかに古い家屋が残ってはいるが、残念ながらマバラに点在し、まとまって面的につながっていない。それも廃屋か廃屋寸前も多い。
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P9239378 posted by (C)オトジマ

粟島神社近辺になんだか昔懐かしい小路が残ってはいる。大正・明治までは行かず昭和30年代くらいの趣・・・
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P9239383 posted by (C)オトジマ

粟島神社
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P9239400 posted by (C)オトジマ

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P9239389 posted by (C)オトジマ

酒屋。かつては酒造場だったようだ
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P9239390 posted by (C)オトジマ

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P9239391 posted by (C)オトジマ

貴船神社近辺。久保酒蔵前にはやや古い建物が並ぶが、肝心の酒蔵が古くない。
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P9239392 posted by (C)オトジマ

貴船神社近辺。久保酒蔵前
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P9239396 posted by (C)オトジマ

貴船神社。
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P9239397 posted by (C)オトジマ

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P9239404 posted by (C)オトジマ

しばらく以前には古い建物が多かっただろうが、その頃は車の入りにくい細い道ばかりだっただろう。そこに広い道を通すと必然的に古い建築は取り壊されて新しい家ばかりになってしまう。古い家はスキマ風、雨漏り、日当たりの悪さ、シロアリ蝕害、狭い部屋など現代人には住みにくい。当然だろう。

ここには意識的に歴史的街並を残そうという取り組みがないようなので、このまま更新が続き、すぐにも昔の趣はなくなりそうだ。20年前に来るべきだった・・・。

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三島公園・末廣神社

  • 2013/10/01(火) 01:26:30

豊後森の古い街並の北のはずれに三島公園と末廣神社がある。
三島公園は元来は藩主御殿のある森陣屋と呼ばれた場所。

手前の池は「旧久留島氏庭園」大きな石碑は「童話碑」。背景の山は大岩扇山。
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P9229108 posted by (C)オトジマ

旧久留島氏庭園。昔のお殿様の庭。
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P9229105 posted by (C)オトジマ

庭園から山の斜面を登っていく道がある。
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P9229112 posted by (C)オトジマ

登りきったところに栖鳳楼(せいほうろう)がある。これは1832年に8代藩主通嘉(みちひろ)によって建てられた茶屋である。10年ほど前に保存修理工事がなされている。ここからは九重連山や城下が見下ろせるので、実質天守閣的な機能があったとか。
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P9229116 posted by (C)オトジマ

森の町を見下ろす
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P9229163 posted by (C)オトジマ

石を多数配した庭園がある。
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P9229117 posted by (C)オトジマ

こんなに大きな石臼も埋められている。とても人力では回せないくらい重いはず。大宰府の観世音寺の碾磑 ( てんがい )なみ。
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P9229118 posted by (C)オトジマ

栖鳳楼から一段あがると、広い境内の末廣神社がある。
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P9229127 posted by (C)オトジマ

藩主が建てた神社だからとても立派。
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P9229147 posted by (C)オトジマ

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P9229148 posted by (C)オトジマ

文政十二年銘の狛犬。1829だから約200年前。
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P9229162e posted by (C)オトジマ

ここにも砲弾が奉納されている。奉納年が読みづらいが、昭和29年5月、重量207kgとある。奉納砲弾は通常日露戦争が多いものだが、敗戦後9年もたっての奉納ってありうる?敗戦記念か?
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P9229155e posted by (C)オトジマ

拝殿内にある随身。
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P9229145e posted by (C)オトジマ

神社拝殿を見ると必ず絵馬や三十六歌仙がないかチェックするくせがある。ここには素晴らしい三十六歌仙がある。レリーフである。
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P9229136 posted by (C)オトジマ
右:伊勢:三輪の山いかにまち見む年ふともたづぬる人もあらじとおもへば
左:紀貫之:桜ちるこのした風は寒からでそらにしられぬ雪ぞふりける

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P9229143 posted by (C)オトジマ
右:凡河内躬恒:いづくとも春の光は分かなくにまだみ吉野の山は雪降る
左:柿本人麿:ほのぼのと明石の浦の朝ぎりに島がくれ行く舟をしぞ思ふ・・・・・だと思う・・・達筆すぎる・・・

などなど・・ おそらく江戸時代の流行だから墨が消えかかっている。貴重な文化遺産だが、ここにあらばこそ、だろう。

他にも多数。当然36人分揃ってるが以下略。
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P9229138 posted by (C)オトジマ

立派な板絵も奉納されている。残念ながら歌舞伎や古典に造詣がないので何の絵やら判別しがたい。
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P9229144 posted by (C)オトジマ


実はこの神社がいわくのある神社なのである。

ウィキペディアによれば----

慶長6年(1601年)、来島長親によって玖珠郡などを所領とする豊後森藩が立藩された。来島氏はその格式のため城を持つことが許されなかったため、長親はそれまで玖珠の拠点とされてきた角牟礼城を廃して、角埋山の山麓に陣屋を置いた。
陣屋の敷地内には、来島氏の故地である伊予大三島の大山祇神社の祭神を勧請して三島神社(末広神社)が造営されていたが、天保8年(1837年)、第8代藩主の久留島通嘉が、三島神社の改築を口実として、石垣や茶屋の「栖鳳楼」(せいほうろう)を増築するとともに、藩主御殿庭園、栖鳳楼庭園、清水御門庭園を造らせ、城構えのように整えた。
-----

城持ち大名ではなかった久留島が神社建立にかこつけて実質的な城を作った。ということ。実際、神社の周囲は堅固な石垣に囲まれていて、予備知識がなかったら城と思い込む人も多いだろう。

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P9229170 posted by (C)オトジマ

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P9229165 posted by (C)オトジマ

以前のポストでNHK時代劇ドラマ「酔いどれ小藤次」について記した。---コチラを参照---



ドラマの原作となったのは佐伯泰英の「酔いどれ小藤次留書」シリーズ。以前のポストから引用する---

「酔いどれ小藤次留書」第1話「御鑓(おやり)拝借」は物語の発端である。この巻ではわずか1万2000石の小名、久留島氏が城無し大名だったことが物語の重要な鍵となっている。江戸城中で西国の諸侯、森藩久留島、赤穂藩森、丸亀藩京極、肥前小城藩鍋島、臼杵藩稲葉の各大名が同席したおり、稲葉雍通(てるみち)は久留島通嘉が城を持たぬことを愚弄し、他の3人も同調した。久留島通嘉はその恥辱を忍んだが、ある機会に本来目通りかなわぬはずの最末端下士・厩番の赤目小藤次にふと洩らす。後日、小藤次は離藩し秘かに藩主の無念を雪ぐべくたった一人で四藩を敵に回し報復を画する・・・・

この物語に出てくる藩主・久留島通嘉は上の栖鳳楼を建てたり、石垣を作った人物。彼の代には苛斂誅求に対して大規模な百姓の逃散が起こっており、評判は悪かったとか。もちろん物語はフィクションであるが、この本を読んだ時から、一度ここを訪ねてみたかったので念願がかなった。

玖珠町も由来がピンと来ない「童話の里」よりも「酔いどれ小藤次の里」で売り出した方が観光客が来るんではないか?久留島記念館の係員の方も「是非、竹中直人に来て欲しい」と言っておられた。彼はNHKドラマ中で森藩ではなく「九重藩」となっていたことに対し、「事実と異なる」とNHKに抗議の電話をしたそうだ。NHKは「まぁ、フィクションですから」と軽くいなしたとか。実は森には赤目という姓は全くないそうだ。ついでに久留島姓もいないとか。藩主一族が皆東京に転居したからだろう。

本を読んで、若き藩主久留島通嘉に親近感が湧いたので、菩提寺の安楽寺にも行ってみた。
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P9229121e posted by (C)オトジマ

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P9229124e posted by (C)オトジマ

本堂の裏に歴代藩主の墓所がある。殿様たちの墓は意外と小さく質素で民間人の墓石と異ならない。貧乏な藩だったんだなぁ。貧乏のあまり、参勤交代を出来なかった年も幾度かあったという。
1万2000石じゃーねぇ。
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P9229126e posted by (C)オトジマ

これが8代久留島通嘉の墓石。
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P9229128e posted by (C)オトジマ


●お知らせ●
3年間愛用してきたこのDTIブログが突然閉鎖されることになりました。利用者にしてみればジェジェジェ!!!、と晴天の霹靂。アメリカ資本のサイトだからかクールに前触れもなく12月で閉鎖です。
おかげさまでこの間15万ほどのユニークアクセスをいただきました。DTIブログ内のランキングでは10位台にいました。まぁ、国内ではマイナーなブログサービスだからでしょうが。アクセス解析が便利で使いやすいサイトだったので残念です。

ということで、F2Cブログに引越します。当分両サイトに並行して同じブログ名で同じ記事を書きますが、もしブックマークに登録されている方はコチラに切り替えていただけたらと思います。今後ともよろしくご愛読お願いします。

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豊後森の街並

  • 2013/09/29(日) 19:26:48

玖珠の市街地から耶馬溪方面に国道387号をやや行くと藩政時代の趣を残す街並がある。森藩には城がなかったので城下町とは言えないのかもしれない。

国道沿いにあった教組の建物もなかなかレトロ。かつては何らかの公的施設だったものを払い下げしてもらったものか。ネットで調べてもよくわからない。
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P9229050 posted by (C)オトジマ

草ボーボーなので一瞬廃屋か?とも思うが、中を覗くといかにも労働組合の事務所風。大分県は日教組の牙城だったなぁ。
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P9229045 posted by (C)オトジマ

ネット上でよく見るショットがここ。いかにも古い街並。
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P9229053 posted by (C)オトジマ

石畳が整備された街並。三島公園に続いている。
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P9229062 posted by (C)オトジマ

江戸時代の建物はない。明治に大火があり街全部が燃えたという。明治の建物もあまりないのかもしれないが、レトロ感ただよう通りではある。
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P9229056 posted by (C)オトジマ

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P9229060 posted by (C)オトジマ

薬店は建物は新しいがレトロ感を演出している。
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P9229058 posted by (C)オトジマ

旧郵便局。現在はカフェ。手前のオニは「童話の里」にちなむ。
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P9229061 posted by (C)オトジマ

久留島記念館。森出身の口演童話家、久留島武彦に関する展示がある。
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P9229057 posted by (C)オトジマ

久留島武彦(1874年生)という名も「口演童話家」という奇妙な肩書きにもなじみがない。玖珠町が「童話の里」を名乗っているのはこの久留島武彦の出身地だからである。街のあちこちに和洋各種の童話のキャラクターの看板やら人形やらが散らばっている。高速道路からは大きな赤鬼が出迎えてくれる。

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img074 posted by (C)オトジマ
かといって久留島武彦が桃太郎や金太郎を創作した訳ではない。口演童話家として各地で子ども達に童話を語り続けた人である。その他、雑誌を出したり東京で幼稚園を経営したりボーイスカウトを作ったり、と多彩な活動をした。詳しくはコチラで。

しかし、興味深いのはこの久留島武彦は豊後森藩最後の藩主・久留島通靖の孫であること。世が世ならお殿様なのである。しかし彼は大分中学時代にアメリカ人宣教師S・H・ウェンライトと出会い、大きな影響を受け、キリスト教の洗礼を受けた。それにより久留島氏一族の籍を抜けたので、爵位もないとかという話。元来はいかに小藩とはいえやんごとなき身分のお方なのである。

久留島の著作
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P9229070 posted by (C)オトジマ

久留島の経営した東京の早蕨幼稚園の冊子
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P9229068 posted by (C)オトジマ

久留島の墓は久留島家代々の菩提寺、安楽寺にある。
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P9229122e posted by (C)オトジマ

下の案内板によれば、久留島は東京で活躍した人だが「故郷の大岩扇山の見えるところに墓を作り、その上に仏を乗せよ」みたいな遺言をしている。戒名もしっかりある。ということは中学の時に入信したキリスト教は晩年には離れたのだろうか。
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P9229123 posted by (C)オトジマ

三島公園の下に「わらべの館」がある。郷土玩具の展示場や町立図書館がある。とくに驚くようなものはない。背景にある大岩扇山のほうがよほどインパクトが強い。さぞ景色の良さそうな山だが、山頂は平になっていて牧場があり、あまり展望はきかないとか。
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P9229100 posted by (C)オトジマ

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豊後森駅 

  • 2013/09/29(日) 00:31:35

久大線の豊後森駅は近年蒸気機関車時代の扇形車庫で有名である。
蒸気機関車時代には全国にありふれた施設だったが、いつのまにか見られなくなってしまった。南延岡駅にもあって私が高校生の頃には写真を撮りに行っていたものだ。南延岡駅のものもいつしかなくなってしまっている。

昔はありふれたもので見向きもしなかったが、もうなくなりそうだ、となると不思議なもので見に行きたくなる。

森駅の駅前通り。日曜日の午後、人っ子ひとり見かけない。ゴーストタウンのような通り。昔は賑わっただろうな。玖珠川をはさんだ対岸の国道210号線沿線は大型店や郊外型レストランが立ち並び大変繁華であるから、住民が消滅した訳ではない。
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P9229044 posted by (C)オトジマ

森駅。なかなかシックな駅舎である。
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P9229020 posted by (C)オトジマ

お洒落な蕎麦屋のような駅の入り口。
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P9229021 posted by (C)オトジマ

車庫は駅からやや離れていて駐車場が整備されている。
いちおう「立ち入り禁止、構内の事故には責任負えない・・・」みたいな立て札があるが、せっかくここまで来て誰がそんなもの気にするだろう。遠慮せずどんどん中に入る。
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P9229039 posted by (C)オトジマ

転車台はあるが、線路は通じてない。
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P9229022 posted by (C)オトジマ

かなり広い建物である。
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P9229023 posted by (C)オトジマ

ガラスは割れ放題で昔の備品も散らかって全くの廃墟。このまましておいて欲しいな。

集煙装置がまだぶら下がっている。
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P9229027 posted by (C)オトジマ

線路は撤去されている。せめて一本くらいは残してついでにD51でも置いて欲しいところだなぁ。あちこちの公園でさび付いているヤツを一両持ってくればいい。
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P9229028 posted by (C)オトジマ

ロケ撮影にうってつけの場所なので、どこかの撮影隊が写真を撮っていた。コスプレ少女たちはおもちゃの剣やピストルを手に持っている。なんのコスプレなのかは知らない。
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P9229032 posted by (C)オトジマ

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P9229033e posted by (C)オトジマ

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P9229037 posted by (C)オトジマ

これは裏から見たところ。
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P9229019 posted by (C)オトジマ

駅構内。何本ものさびついた線路が並び、かつての鉄道の賑わいを示す。向こうに車庫が見える。
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P9229043 posted by (C)オトジマ

10月にはイベントがあるようだ。
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P9229051 posted by (C)オトジマ

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長崎街道 内野宿

  • 2013/09/28(土) 01:02:16

久留米から築上町に行くのに筑紫野から国道200号で冷水峠を越えた。峠を越えて飯塚市に入ったところに内野宿がある。長崎街道は小倉から長崎に至る脇街道であった。この街道で冷水峠が最大の難所だったとか。今は長大なトンネルが抜けて車ならラクに越えられる。

国道からほんの少し入ったところに旧街道が並行している。
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P9239208 posted by (C)オトジマ

古い街並や建物がズラリと並んでいる、という訳ではない。
数軒の旅館の跡がかろうじて残る。旅籠の跡に案内看板だけが立っているというのは大分の今市宿にも似ている。

明治初年に建ったという150年ほど前の建物だが、ほとんど廃屋と化していてもったいない。なんとか整備できないものか。
小倉屋という質屋だったとか。江戸期には伊能忠敬測量隊一行が宿泊したという。
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P9239214 posted by (C)オトジマ

旅籠・肥前屋跡。内野宿の展示館となっている。
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P9239221 posted by (C)オトジマ

旗はこの奥の寺のもの。これは仏旗というそうだ。全国、どころか世界の仏教の統一旗らしい。一瞬創価学会の旗かと思ったが、創価学会旗はこの上半分だけである。
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P9239206 posted by (C)オトジマ


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P9239209e posted by (C)オトジマ
上の地図で見るとこの宿は街路がT字型になっていて一本の道が筑豊本線を越えて山のほうに伸びている。昔は筑豊から大宰府に参る山越えの道があったという。現在は使われず、車も越えないらしい。その道沿いに「内野の大イチョウ」という巨木がある、というので寄ってみた。

「大宰府天満宮米山越道」の石柱。元禄・嘉永期の奉納。
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P9239211 posted by (C)オトジマ

この道が大宰府に至る道。古い建物は残ってない。
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P9239224 posted by (C)オトジマ

ヒガンバナとソバの花の向こうに大イチョウ
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P9239236 posted by (C)オトジマ

巨木というのは近くからは写真に収まらず、遠くから撮るとスケール感がわからない、というふうに撮影が難しい。とにかく巨大な木であるのは間違いなく、黄色く色づく頃には見物客が多いらしい。
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P9239244 posted by (C)オトジマ

イチョウの根方には薬師堂がある。
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P9239228 posted by (C)オトジマ

堂内の仏像。木像である。
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P9239232 posted by (C)オトジマ

イチョウの根方の仏達
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P9239230 posted by (C)オトジマ

内野宿のマンホール
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P9239243 posted by (C)オトジマ

筑豊線内野駅。
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P9239247 posted by (C)オトジマ

内野宿遠景。山の向こうが大宰府
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P9239249 posted by (C)オトジマ height=img src=http://photozou.jp/photo/show/207044/188052276

※DTI閉鎖にともない、ブログ移転してます。以下にどうぞ。FC2の「一歩 日豊 散歩」

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石炭長者 蔵内邸 3

  • 2013/09/27(金) 00:08:55

前回前々回ポストの続き

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P9239253 posted by (C)オトジマ

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P9239254 posted by (C)オトジマ

蔵内邸を外から見る。これは勝手口。駐車場から来ると、この門から入ることになる。やはり正門から入りたい。
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P9239366 posted by (C)オトジマ

塀は立派な石造
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P9239350 posted by (C)オトジマ

右が蔵内邸
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P9239363 posted by (C)オトジマ

蔵内邸は田んぼの中の集落にある。隣近所にも大きな屋敷が並ぶ。左が蔵内邸
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P9239371 posted by (C)オトジマ

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P9239367 posted by (C)オトジマ

蔵内邸の横には神社があり、道路から田んぼの中を参道が延びている。観光客はみんなこれが屋敷への進入路だと勘違いして右折しようとするが、バリケードがあるのであわててブレーキを踏む。神社は貴船神社。
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P9239250 posted by (C)オトジマ

参道も神社に渡る石橋も蔵内家の寄進。御影石の立派な橋である。
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P9239352 posted by (C)オトジマ

貴船神社
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P9239353 posted by (C)オトジマ

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P9239357 posted by (C)オトジマ

ともかく、期待にたがわぬ超豪邸である。伊藤傳右衛門邸(飯塚市)や高取伊好邸(唐津市)より立派かもしれない。しかし伊藤邸は柳澤白蓮というロマンがあるし、高取邸は観光地唐津の海のそばというロケーションの良さがある。北九州の炭鉱成金たちの豪邸はほかにも麻生財閥の大浦荘、安川財閥・貝島財閥の屋敷もある。こんなに成金豪邸が妍を競う地域は全国でも炭鉱地帯だった北九州だけではないか?「炭鉱王豪邸めぐりの旅」はまだ楽しみが残っている。

一般公開が始まって半年、邸内の案内係はすべて女性で、張り切って頑張っておられた。これで300円は安い。近所はまったくの農村で売店もないので観光客はお金の落としようがない。伊藤傳右衛門邸のようにお洒落な売店でも設けたらいいと思う。近々、有料の茶菓のサービスは始まるとか。

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石炭長者 蔵内邸 2

  • 2013/09/26(木) 00:03:41

前回からの続き

引き続き、築上町にある旧蔵内邸

団体さんが広間でガイドから説明を聞いている。
平日ならかなりすいているはず。前日にはバイクでやって来た若者が1時間も寝っころがっていたとか・・・
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P9239333 posted by (C)オトジマ

部屋によって襖、欄間など趣向を凝らしている。
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繊細な細工の欄間。
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花鳥の彫刻の欄間
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各部屋の床の間には美しい生け花。
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なにせ部屋が30以上もあるから生け花だけでも大量に準備しなければならない。
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長大な廊下を風雨から守る雨戸も多数に上るので、収納する戸袋も分厚い
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軒下は網代編
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中庭
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内部から庭を見る
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立派な庭であるが、伊藤傳右衛門邸の方が回遊式で楽しい。
庭木が伸び放題だったものを、最近京都から庭師を呼んで整備したとか。
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周囲に大きな建築がないので庭が広々と感じられる。近所の農家の屋根が見える。かつてはカヤ葺きだったもの。
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P9239316 posted by (C)オトジマ

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P9239296 posted by (C)オトジマ

靴脱ぎの巨大な御影石が廊下ごとにある
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P9239344 posted by (C)オトジマ

太鼓橋は進入禁止で渡れない。残念。
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奥から明治、大正、昭和と重ねた増築のヒサシが連なる。
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大変な豪邸であることがわかる。
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P9239343 posted by (C)オトジマ

補修した部分もあるだろうが、全般に大変状態が良く保存されている。最近まで人が住んでいたからだろうか。とても100年前の材料とは思えないほど。

次回に続く。次回は屋敷の外回り。

※DTI閉鎖にともない、ブログ移転してます。以下にどうぞ。FC2の「一歩 日豊 散歩」

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石炭長者 蔵内邸 1

  • 2013/09/25(水) 01:29:47

豊後高田のジナシさんのブログで福岡県築上町に蔵内邸という保存公開住宅があることを知り、ぜひ行きたいと思っていた。

福岡県には自治体が多く、とても覚えきれない。築上もマジマジとその字を見たのはこれが初めて。町内には自衛隊築城基地があるが、こちらは築城をツイキと読むのでややこしい。


より大きな地図で 旧蔵内家 を表示

蔵内家とは明治大正期に炭鉱王として羽振りの良かった一族である。大正8年には全国6位の産出高をほこったという。炭鉱は筑豊各地にあった。築上は一族の郷里である。蔵内家のあらましは築上町のサイト参照のこと。

旧伊藤傳右衛門邸(飯塚市)、旧高取伊好邸(唐津市)など、石炭成金の豪邸はとても見ごたえがある。この屋敷は明治から大正にかけて数次にわたって増築を繰り返し、蔵内家3代が暮らした。蔵内家の炭鉱業は昭和になるとかげりを見せ、会社は解散する。その後、この屋敷も人手に渡っていたものを、近年築上町が買い取り、修復して、今年の4月に公開を始めたもの。チケットを見ると、今までの半年で15000人ほどの訪問者があったようだから、ならすとおよそ一日100人。

期待にたがわず、素晴らしい豪邸だった。写真が多いので、数回に分けてアップロードする。

築上は炭鉱地帯の筑豊から一山越えたすぐの所。周防灘に面する農業地帯である。京築アグリラインという広域農道を走ると、ちょうど国東半島のように尾根筋と間の狭い谷筋が交互に現れる。そんな谷筋の真ん中の田んぼの中にポッカリと集落がある。
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P9239251 posted by (C)オトジマ

駐車場は裏口の方にあるが、順序として正面からご案内する。
正門である。巨大な門扉はこのほど新調されたもののようだ。
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P9239351 posted by (C)オトジマ

玄関から正門を振り返る。
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P9239256 posted by (C)オトジマ

ファサード。公開住宅でなかったらいかにも敷居が高そうだ。
世が世なら貧乏人には絶対上がれない豪邸である。
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玄関は大理石張り。
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P9239258 posted by (C)オトジマ

上がり框も大理石。
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P9239257 posted by (C)オトジマ

玄関だけでもかなり広い。
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P9239334 posted by (C)オトジマ

受付で300円払うと、いきなりトイレがある。気になる所なので写真に撮る。タイルが美しい。朝顔はオリジナルではないらしい。
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P9239261 posted by (C)オトジマ

手洗いも大理石張り。
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P9239260 posted by (C)オトジマ

他の場所のトイレ。ここも大理石
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P9239321 posted by (C)オトジマ

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昔なつかしい陶製の和式便器
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大理石のフロ
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大理石尽くし
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P9239306 posted by (C)オトジマ

長い廊下は長い無節、柾目の一枚板。継ぎ目はそうといわれないと気づかない。スベスベなので裸足で歩くのが気持ちよくて正解とか。せっかく屋敷に上がる前に靴下を履いたのは失敗。
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P9239275 posted by (C)オトジマ

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タタミ敷きの廊下もある。この廊下だけで24畳あるとか・・・
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廊下の天井はアーチ型になっている。
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P9239305 posted by (C)オトジマ

天井板は最高級の屋久杉で、特有の複雑な木理が見える。大変保存状態が良い。
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P9239293 posted by (C)オトジマ

どこもかしこも無節の柾目一枚板。
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P9239283 posted by (C)オトジマ

フスマも障子もとんでもなく広い。
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P9239295 posted by (C)オトジマ

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蔵内邸は敷地面積7135平方m、延床面積1250平方m、部屋数30以上という巨大、かつ贅を凝らした和風建築の粋である。建築史家の藤森照信氏によれば、和建築が絶頂期に達したのは意外と江戸時代ではなく、明治大正期だそうだ。江戸時代は幕府の方針もあり質素倹約が旨の時代だが、明治期にそのタガがはずれ、各地の豪商・成金が思い切り贅を尽くした住宅を建てたという、この蔵内家もその代表例だろう。飯塚の伊藤傳右衛門邸、唐津の高取伊好邸をも上回るのではないか、という邸宅である。

次回に続く

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国東 小武寺

  • 2013/09/24(火) 00:43:40

北九州に行った帰り、杵築市山香の国道10号線から少し入ったところの小武(おだけ)寺に寄ってみた。夕日に照らされた山里の寺は無住ということもあり、人っ子一人なく静まりかえっていた。
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P9239409 posted by (C)オトジマ

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ちょうど秋分の日でヒガンバナが盛り。
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P9239415 posted by (C)オトジマ

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P9239418e posted by (C)オトジマ

小武寺には仁王がいる。国東半島特有のデザインである。
目玉には銅板がはめ込まれている。
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P9239416e posted by (C)オトジマ

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P9231921 posted by (C)オトジマ

仁王が稲田を見守る
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P9239419 posted by (C)オトジマ

この寺は無住で本堂はない。宝物を収蔵するコンクリート建ての収蔵庫とこの薬師堂がある。
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P9239421e posted by (C)オトジマ

クスの巨木がある
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P9239426 posted by (C)オトジマ

周囲の風景
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P9239428 posted by (C)オトジマ



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