高鍋大師
高鍋大師は以前から知ってはいるが、あの気色の悪い石像をあえて見たくはないので今まで行かなかったが、10号線を通っていてふと時間が余っていたので寄ってみた。10号線からも見えるのであるが、行く道は細くてややわかりづらい。持田古墳群の中を通り抜けて台地のへりに高鍋大師がある。
中央に一軒家が建っていてどうやらそれが寺らしい。無人だが開けっ放しで自由に上がれる。周囲には例の奇妙な石像が林立する。それは次回にするとして、ここにも新富の観音山八十八箇所みたいに四国の八十八箇所の寺名を記した石仏が並んでいる。文字がカタカナやひらがなでどうも本気度があやふやな気配があるので実在の寺の名前なのか怪しいと思っていたのであるが、家に帰ってネットで対照してみたら本家の八十八箇所の寺名と一致する。
下左:55番、別宮山 南光坊
下右:54番、近見山 延命寺

高鍋大師 posted by (C)オトジマ
ペンキの彩色がすごい。でもペンキの在庫は赤と青しかないようである。
下:61番 栴檀山 香園寺

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下左:63番 密教山 吉祥寺
下右:64番 石鈇山 前神寺

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下左:26番 龍頭山 金剛頂寺
下右:24番 室戸山 最御崎寺

高鍋大師 posted by (C)オトジマ
下左:28番 法界山 大日寺
下右:38番 蹉跎山 金剛福寺

高鍋大師 posted by (C)オトジマ
下:58番 作礼山 仙遊寺

高鍋大師 posted by (C)オトジマ
台地から太平洋側に向かう斜面には遍路道が作られて、たくさん並んでいる。イースター島のモアイ像のミニサイズ版のようでもある。ヤブにならないように手入れするだけでもなかなか大変であるはずだ。はたしてこの遍路道を御参りする人があるんだろうか。

高鍋大師 posted by (C)オトジマ
ひらがなの寺名がいかにも素人っぽくはあるが、わりとまともな石仏が多いのは、寺の周囲の巨大石像とえらくちがうところ。作風というか技量が違う。岩岡保吉氏が彫ったものではなく専門の石工の手になるものではないだろうか。
- 2012/05/18(金) 01:32:34|
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佐賀の旅 拾遺
掲載し残した佐賀で見かけた気になったもの、古いもの下:唐津高取邸の玄関にあったイス。素晴らしいイス。欲しい。

唐津 posted by (C)オトジマ
呼子でイカの番をしているカラス。もしくは見せしめ用か?もちろんバルーンですが。

呼子 posted by (C)オトジマ
呼子で見かけたレトロな床屋

呼子 posted by (C)オトジマ
下:佐賀柳町で見かけた木造家屋。このような板張りの家は昔は珍しくもなかったが、いまや貴重。なにやら洒落た洋館風に見えなくもない。保存する価値があるんじゃないか?

佐賀 posted by (C)オトジマ
下:同じく佐賀市、NHK近辺

佐賀 posted by (C)オトジマ
下:佐賀市内中心部にも今なおクリークが残る。

佐賀 posted by (C)オトジマ
下:クリーク脇に立つ家。レトロ感が漂う。

P5052458 posted by (C)オトジマ
下:佐賀平野は今の時期、麦が多い。麦秋。なつかしい光景である。昔はどこでも5月は麦が穂を出していたものであるが。

佐賀 posted by (C)オトジマ

佐賀 posted by (C)オトジマ
下:今年も久住赤川温泉のヤマザクラ並木に行ってみたが、当然のことながら葉桜。

P5052502 posted by (C)オトジマ
久住のイタリアンレストラン「美ら野」が閉鎖されていた。さては潰れたか?と思って帰ってネットで調べたら臼杵市に移転し、ピザレストランになっていた。阿蘇が遠望できる絶景ポイントでいい立地だと思っていたんだが、平日の集客はなかなか大変かもしれない。昨年の秋11月に行ったんだが、その直後に閉店したらしい。

ミラノ posted by (C)オトジマ
- 2012/05/16(水) 00:24:29|
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佐賀の旅 いろいろ
佐賀で見かけた神様やら眷属たち下:唐津、湊町出見かけた稲荷

呼子 posted by (C)オトジマ

呼子 posted by (C)オトジマ
下:唐津神社のにある摂社、天満宮の牛

唐津 posted by (C)オトジマ
下:唐津神社の狛犬。文政15年(1829年)の年銘

唐津 posted by (C)オトジマ
下:佐賀市、八坂神社の恵比寿さん。佐賀市には800ほども恵比寿があるという恵比寿の町。そこで「恵比寿八十八箇所巡り」を定めてスタンプラリーなどをやっている。なかなか楽しそうである。

佐賀 posted by (C)オトジマ
下:牛島家にある恵比寿

佐賀 posted by (C)オトジマ
下:立派なパンフレットもある。各恵比寿の紹介、写真、マップ、解説と至れり尽くせり。

佐賀 posted by (C)オトジマ
下:三省銀行から外を眺める招き猫

佐賀 posted by (C)オトジマ
下:肥前通仙亭玄関にあったキリン

P5059584 posted by (C)オトジマ
- 2012/05/15(火) 01:24:01|
- 仁王・阿吽|
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佐賀の旅 大砲
佐賀藩は幕末に科学技術を振興し、反射炉の建設、大砲の鋳造などをしていることは有名だ。だからあちこちに大砲が置いてある。下:本丸歴史館にあるカノン砲10分の1模型

佐賀の技術 posted by (C)オトジマ
下:24ポンドカノン砲レプリカ 佐賀博物館

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下:アームストロング砲レプリカ。口径57mmで施条があり命中性、速射性にすぐれた砲。上野の彰義隊攻撃に威力を発揮したという。 佐賀博物館

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下:驚いたのがコレ。臼砲という兵器があるがまさにウスである。口径と砲身の長さがあまり変わらない。命中精度はほどんど期待できそうにない。これは実物。

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下:小さいけれどムクの銅のカタマリだけにかなり重そうだ。昔のことだから運搬は大変だったろう。

佐賀の技術 posted by (C)オトジマ
下:冠軍という刻印。官軍ではない。まさに軍のトップという意味だそうだ。

佐賀の技術 posted by (C)オトジマ
下:モルチール砲というそうだ。
下:武器だけでなく他の最新技術にもトライしていた。蒸気機関車の模型を走らせている様子。遊園地の電車くらいはある大きさだ。十分人間が乗れそうだ。実用化寸前といってよさそうだ。蒸気船の模型も置いてある。お殿様が視察に見えたところのようだ。 (クリック拡大)
- 2012/05/14(月) 01:42:19|
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佐賀の旅 歴史民俗館 2
古賀銀行のとなりに古賀邸がある。古賀銀行のオーナーである。
佐賀 posted by (C)オトジマ

佐賀 posted by (C)オトジマ

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どうやら中国人団体さんのルートになっているようで、かれらは古賀銀行をパスしてこの屋敷に直行した。ここでいろいろと日本体験できる仕組みになっているようだ。かまびすしくワイワイと大騒ぎである。
下:和服を体験し、写真に収まる人々。

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実は中国人なんだか台湾人なんだか確認してないのであるが、漢民族であることは確かである。おばちゃんたちも手にはニコンのデジタル一眼を持っている。路上ではたまたま消火栓の点検に来た消防車をパチパチ撮っていた。
すぐそばに三省銀行がある。出版社の三省堂はサンセイだがここはサンショウである。いづれにせよ論語の言葉である。しかし三省銀行は省みるのが得意ではなかったようで相場に手を出して設立後あまり経ずにつぶれたという。

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屋根のカーブがいい感じ。古賀銀行のそばにあるから似たようなものかと思ったら大間違いで内部は畳敷きの単なる商家である。

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下:二階もある。

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三省銀行の向かいに牛島家がある。商家である。
ゴールデンウィークなのに誰もいない。唐津の中尾屋敷とえらい違いだ。この建物は江戸期のものというからかなり旧い。もとは今宿にあったものを道路拡幅に引っかかり、移築したという。いい方法だ。

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下:二階にある杉の板戸。測ってみると一枚の幅が130cmほどある。一枚板であるから、どんな巨木だったんだ??昔のお屋敷には必ず一枚板の板戸があるものなんだな。

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下:やや離れたところに福田邸がある。長い塀。

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福田は実業家。大正時代の建築。大隈重信はじめVIPが泊まりに来たらしい。

DSCN8795 posted by (C)オトジマ
下:立派な庭があり、ツツジが盛り。残念ならが前に巨大なマンションが建っている。

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歴史民俗館と名づけられた5軒の歴史的建築が集まるこの地区はなかなか見ごたえがある。おまけに無料である。案内ボランディアがまつわりつくこともないので気持ちがいい。いいところだなぁ。牛島邸がよそから移築されたように、どこかで朽ちつつある屋敷をあと10件ばかり移築すれば素晴らしい地区になるのではないか?佐賀には各所にまだまだ保存して欲しい旧家がゴロゴロ残っている。
- 2012/05/12(土) 01:12:40|
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佐賀の旅 歴史民俗館
佐賀市歴史民俗館とは佐賀市柳町近辺にある5つの保存建築の総称である。中心的な建物が古賀銀行である。大正五年の建築というからほぼ100歳。死んだ私の母くらいであるからそんなに古くもないような。実際に古賀銀行として営業した大正15年までの期間はわずか10年。その後さまざまに転用され改築されたが現在では建築当初の姿に復元されている。唐津銀行もそうであるが、田舎の小都市にしては大変立派な銀行である。
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内部。奥はカフェになっている。唐津銀行と同じ。

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唐津銀行に似ているが、やや小ぶりか。しかしこちらの方がずっと雰囲気がある。カフェ周りがやや雑然としているのが難。

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下:暖炉。英国からの輸入品とか。背後に鉄骨の補強が見える。

P5052429 posted by (C)オトジマ
下:会議室で。

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下:こんな狭い通りに古賀銀行がある。昔の長崎街道。手前の塀は古賀邸。

佐賀 posted by (C)オトジマ

P5052454 posted by (C)オトジマ
下:古賀銀行向かいの八坂神社から見る。境内のクスの巨木は樹齢800年とか。

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下:八坂神社。屋根に生えた草に風情がある

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- 2012/05/11(金) 00:49:18|
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佐賀の旅 本丸歴史館
唐津から山越えで佐賀市に50km移動。JR唐津線沿いに国道203号線を走る。険しい山越えかと思っていたら全然そうでもなかった。日本海側から有明海側に行くのであるが、近年の合併で唐津市と佐賀市は隣接しているからこの行程は隣町に行っただけのこと。佐賀県は狭いので県庁から端までおおむね50km、1時間ちょいで行けそうだ。宮崎県では県庁から高千穂まで150kmが最低でも3時間はかかる。佐賀城本丸歴史館に行ってみた。佐賀市についての予備知識がほとんどないのでとりあえず佐賀城に行っただけの話。
美術館に車を止めるとすぐ前に立派な石垣が見える。ここの堀は埋められて水がない状態。もとが地盤軟弱な低湿地帯なのでこの石垣を築くのは大変だったとか。

佐賀 posted by (C)オトジマ
下:堀に水があるところはこんな風。

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下:堀の外から見る

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下:鯱の門。本来ならココから入る。この門だけが現存。

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下:庭から見た本丸歴史館。この広場は昔は馬場だったとか。明治以降は赤松小学校になっていた。

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下:堀のそばの赤松小学校校門。昔は城内にあったとか。屋根に鯱が載っている。

佐賀城 posted by (C)オトジマ
下:外御書院。いわば大広間。1838年本丸完成披露の時には家臣1000人がここに並んだとか。1000人がカミシモで平伏している様子が目に浮かぶ。CGで再現して欲しい場面だ。この時は生花展が行われていた。

佐賀 posted by (C)オトジマ
下:廊下も畳敷き。とにかく立派な建物である。再現とはいえ見るだけの価値はある。熊本城の本丸御殿に似ているが、襖絵などで差がある。しかしこちらは入場無料である。

佐賀 posted by (C)オトジマ
下:復元されたのは御殿全体の一部である。中庭には遺構が表示してある。ボランティアの方々なのか祭日なのに草むしりをしている一団があった。

佐賀 posted by (C)オトジマ
下:昔は日本庭園もあったらしいがそれは再現されていない。だだっ広い草地となっている。

佐賀 posted by (C)オトジマ
昔の遺構は少ないとはいえ大藩の貫禄を感じさせる城跡であった。
- 2012/05/10(木) 01:40:02|
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佐賀の旅 唐津
私の子供の頃、大人たちは陶器類をすべて「カラツ」あるいは「カラツモン」と呼んでいた。「セトモノ」と同じ流れである。だから「唐津」には昔からなじみはあるんだが、実際の唐津に行ったのはこの連休が初めて。虹ノ松原は欠かせない。車で通り抜けできる。松原の中に名物唐津バーガーの屋台がある。雑木の下ばえが全然ないのがよく手入れされている証拠。

P5032239 posted by (C)オトジマ
松原を一望に見下ろす鏡山展望台からの眺め。JR筑肥線の電車が松原のへりの高架を通過中。

唐津 posted by (C)オトジマ
鏡山の池にいたオタマジャクシ。大集団で大きなオタマジャクシを形成していた。まるでスイミー。

唐津 posted by (C)オトジマ
高取邸近くの市営駐車場の塀。新しいんだか古いんだかよくわからない。

唐津 posted by (C)オトジマ
唐津銀行は堂々たる外観。建築家の辰野金吾は唐津の出身。現在修復中の東京駅は辰野の設計として有名であるが、この銀行は弟子の田中実設計。唐津銀行内部の展示は辰野金吾関連を中心としている。驚いたことに村野藤吾も唐津の出身である。超高名な建築家が二人も出ているのは何かある町である。

唐津 posted by (C)オトジマ
内部。窓口の内側は展示室、外部はカフェ。

唐津 posted by (C)オトジマ
銀行創業者か。唐津らしく陶器製の胸像。妙にリアル

唐津 posted by (C)オトジマ
銀行の通り

唐津 posted by (C)オトジマ
ちょっとだけ繁華街を歩いたら廃屋が目立っていた。もとは立派な屋敷である。

唐津 posted by (C)オトジマ

唐津 posted by (C)オトジマ

唐津 posted by (C)オトジマ
廃屋ではないが、廃業した先頭。

唐津 posted by (C)オトジマ
廃屋ではないが、風情のある旧式なアパート

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ゆっくり見て回れば面白い建築がたくさんありそうな町である。またの機会に見て回ろう。
- 2012/05/09(水) 00:54:41|
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佐賀の旅 高取邸
唐津の観光は虹の松原と唐津城だったが、高取邸が修復され公開されるようになって俄然厚みが増したのではないだろうか。高取邸の主は明治の炭鉱経営者、高取伊好(これよし)--1850〜1927--。多久藩士出身。飯塚の伊藤伝右衛門とちがい慶応出で学問もありスマートである。高取はここに敷地2300坪、建物300坪の広壮な屋敷を構えた。1998年に高取家より唐津市に寄贈された。
屋敷前の道路は狭い。屋敷内は松の木が多い。この写真では見えないが、向かいは九電の保養施設でこれまた大変立派な屋敷である。もとは高取家の屋敷だったという。そちらも見たいものだ。

高取邸 posted by (C)オトジマ
下:門を入ったところで洋風の応接室の外観が見える。

唐津 posted by (C)オトジマ
下:玄関

高取邸 posted by (C)オトジマ
下:松の庭木が立派である。

高取邸 posted by (C)オトジマ
下:海岸側の庭から見たところ。あの広いガラス窓の部屋からは唐津湾が見渡せる。

高取邸 posted by (C)オトジマ
下:庭には入れないが、外周を廻る歩道が設けられていて、塀越しに中を見れる。

高取邸 posted by (C)オトジマ
下:洋風の応接間

高取邸 posted by (C)オトジマ

高取邸 posted by (C)オトジマ
実は内部は撮影禁止なのである。この応接間は入り口にあるのでそれに気付かず撮ってしまったのである。
屋敷内部は大変素晴らしい。修復したとはいえ、極力旧い部材を生かし、ぜいたくな材木の使い方だけでも見もの。例えば廊下の板の長さに驚く。能舞台も立派である。
しかし、いかんせん写真がないので説明しづらい。
幸い高取家関係者がたくさん写真を公開されているのでコチラを見て欲しい。
というところで写真は外観だけ。以下庭の写真。
下:庭の各所に唐津焼きの像が置いてある。

唐津 posted by (C)オトジマ

高取邸 posted by (C)オトジマ

高取邸 posted by (C)オトジマ

高取邸 posted by (C)オトジマ

高取邸 posted by (C)オトジマ
ともかくここは飯塚の伊藤伝右衛門邸を上回る豪邸であるが、伊藤邸ではOKだった写真が取れないのが減点。昔の石炭成金というのはすごいものだな、と思った次第。
- 2012/05/08(火) 02:14:58|
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佐賀の旅 中尾甚六屋敷
昨年の連休は八女福島の白壁の街並を見に行った。さて今年は唐津に行ってみた。各地で古い街並の保存や旧い家屋の復元がなされている。唐津には石炭王の高取邸、唐津銀行、今は唐津市内になっている呼子の中尾邸がある。まずは呼子の中尾甚六屋敷から。(クリック拡大)
唐津は福岡市から50km、佐賀市からも50kmほど、1時間である。呼子は唐津の中心部から10kmほどである。
中尾屋敷は昨年復元され公開が始まったので、新しい観光スポットである。ネットでこの屋敷を知り、ついでにそばにある名護屋城も見てこようか、というつもりであった。ナビは半島の中央を横切る県道ルートを教えるのであるが、海が見たいので海沿いの国道204号で行った。あとでこれは大正解であることを知る。私は知らなかったのであるが、呼子はイカ料理の名所で休日にはB級グルメの観光客が押し寄せるのである。狭い漁村は車と人であふれ、帰りに県道を通ると、呼子に向かう車線は延々と長蛇の車列で、彼らが呼子に到着するのは夜になるだろうと思われた。
対向車が呼子行き。ここはまだ唐津市内を出たところで、ここから10km先の呼子まで断続的に渋滞が続いていた。そんなにしてまでイカが食いたいか??
下:漁港にぶら下がるイカ。
下:名物。各所でイカが回転する。
下:駐車場は順番待ちの列。
下:本来であれば裏寂れた漁村の狭い商店街が大賑わい。イカシューマイなどの海産物を扱う店が多い。建物や店構えにはあまりレトロ感がないのが残念。
この通りの北端、商店街が切れるあたりに中尾屋敷がある。
大きな構えの商家造りである。漆喰はまだ新しい。
中央を貫くタタキ。大変残念ながら写真はここまで。内部はなんと撮影禁止! 高取邸もそうであるが、唐津市は料簡が狭い。どうみても撮影されて困るようなもの、著作権に関するものは見当たらないのである。どんどん公開して情報が拡散したほうが集客にも文化の伝承にも有利なように思うんだが。
詳しくはココを読むと中尾屋敷の概略がわかるが、ここにも写真は少ない。ホームページはないようだ。
中尾家は江戸時代に鯨漁で財をなした網元である。建物自体は各所で見られる豪商の屋敷とさして変わらない。旧い部材は虫食いがひどくかなり損傷していたものと思われる。だから半分は新しい部材で補強、補修されていると見ていい。
別棟の蔵は外観から新しく作ったものかと思ったが、内部には旧い梁がむき出しで、やはり旧いものである。内部は鯨漁の展示室になっていて、クジラ用のモリ、クジラの骨、ハクジラの歯などさまざまなものが置いてあり、なかなか面白かった。50代以上のクジラで育った世代はクジラに思い入れがある。私が小学校低学年の頃には南氷洋の鯨漁は花形産業であり、子供雑誌にもクジラ関係の記事やグラビアページがあった。ヒゲクジラ、ハクジラの区別、母船とキャッチャーボートの船団形式の漁など当たり前の知識であったが、同行した娘はヒゲクジラのなんたるかも全く知らなかった。
下:勘定場(本蔵)は鯨漁の展示室。明治期の建物とか。(パンフレットより)
下:記念にクジラカツを食べてみた。全く歯ごたえがなく生焼けのハンバーグみたいであった。昔食ったクジラはえらく歯ごたえがあったような記憶があるんだが。イカシューマイにしとけばよかったか? この時点ではまだイカが呼子名物だとは気付いていない。
- 2012/05/06(日) 21:47:43|
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