夏景色 小松

  • 2013/07/14(日) 23:33:00

連日の暑さなので、風呂がわりに近場の川に行く。
五十鈴川の小松地区。平日ならほぼ貸切である。

国道から川原に入る農道。向こうの山の下を川が流れる。
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P7121386 posted by (C)オトジマ

田の上を風が渡る。稲は穂をつけ早場米の収穫も遠くない。
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P7121387 posted by (C)オトジマ

堤防の上から川原を見る。20年前にはこの堤防あたりは鬱蒼たる河畔林でいい雰囲気だったものが、堤防整備で全部伐採されてしまった。残念。川原まで車で下りられる。
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P7121394 posted by (C)オトジマ

向こう岸のあたりには深い淵もある。20年前くらいには毎日子どもを連れて泳ぎに来ていたところ。川幅30mくらいか。
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P7121393 posted by (C)オトジマ

少し上流に沈下橋がある。梅雨明けから10日ほどたち、水量も減ってきた。
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P7101377 posted by (C)オトジマ

ここらは川幅が広いが浅い。泳ぐというより這う感じ。
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P7101380 posted by (C)オトジマ

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P7131399 posted by (C)オトジマ

20年ほど前までは小園の堰あたりは駐車場もあり、土日には大勢の水遊び客で大賑わいだったものであるが、近年は遊泳場そのものが廃止され地元の子供ですら泳がなくなった。

とんでもないことに、最近は学校が川や海での遊泳自体を固く禁じているという。そりゃー遊泳禁止にすりゃ水の事故はなくなるだろうけれど、この暑いのに子供はどこで遊べばいいんだぁ?? つまり家でゲームや携帯をいじってろ、ということか。ばかばかしい。川遊びや磯遊びを知らずに安全な子供時代を送ってもそれはカスみたいな人生だ。海や川で遊ぶのは大昔から子供の最大の楽しみであり、重要な権利である。自然の水に親しんでないから、溺れる事故を起こすのである。

さきほど「行列のできる法律相談所」を見ていたら、冒険家の三浦雄一郎氏親子が出ていた。三浦家では子供が小さいころからいつも学校を休ませて海外の登山などの冒険に連れ出していたとか。三浦氏は「自然は学校の教えてくれない大切なものを教えてくれる」という信条を持っている。学校を休みがちだった子供たちはそれでも成績優秀で、子息は医師になっているという。ホラミロ!

連れて行った子ども達はいつ学校の教員が見回りに来るかビクビクしながら遊ぶ。彼らは本気で警察に捕まる、と心配しているのである。「泳ぐのは犯罪」と子供に思い込ませる教育は狂っている。
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P7131402 posted by (C)オトジマ

子供を毎日川に連れて行ってた頃。私の人生でも最も幸せだった頃かもしれない。15年くらい前。必ずよその子も連れて行ってた。
May31~50
May31~50 posted by (C)オトジマ

「写るんデス」の防水タイプで水中写真を撮った。
May31~52
May31~52 posted by (C)オトジマ

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夏景色 保井ヶ浜

  • 2013/07/14(日) 01:10:00

連日大変な暑さ。門川湾を見ると海霧が沖から湾奥に向けて進入してきていた。蒲江のけんちゃん日記を見ると、蒲江でも同じ現象が起きていたようだ。
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P7101372 posted by (C)オトジマ

霧の向こうにある岬が遠見半島の牧山地区。
あの向こうに太平洋がある。
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P7101374 posted by (C)オトジマ

下は牧山からビロウ島方面を見下ろしている。入り江に小さな磯場が見える。保井ヶ浜と呼ばれ、今では車で進入できるように整備されている。
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P7071370 posted by (C)オトジマ

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P7071368 posted by (C)オトジマ

車で海岸に下りて見た。
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P7071360 posted by (C)オトジマ

磯遊びのグループが来ている
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P7071356 posted by (C)オトジマ

おじいちゃんに連れられて孫達が遊んでいる。いい光景だ。
小さいころからシュノーケリングをマスターしている。
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P7071361 posted by (C)オトジマ

透明度は今ひとつ。思わず飛び込もうか、という海ではない。
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P7071365 posted by (C)オトジマ

しばし海を見ているうちに、人々は去り、駐車場に戻ると、車がパンクしていた。なんということ。工具やテンパータイヤを積んでいなかったらこの人里はなれた携帯圏外の海辺に一人取り残されるところであった。

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2012  門川だんじり

  • 2012/12/05(水) 01:27:53

やや旧聞に属する。門川名物の尾末神社大祭だんじり祭りは11月18日であった。毎年のことなので今年は見に行かなかったのであるが、今年は天気にも恵まれいつになく盛会だったようだ。町の広報誌にも例年になくカラーページで大特集を組んでいる。

下:門川町広報誌「かどがわ」より




とりわけ今年は地元の放送局が2局もレポートしたことが異例。
NHK(11月30日放送)とUMK(12月1日放送)であるが、放送日が1日先だったNHKの「いっちゃがゴールド」が得したかもしれないが、土曜昼のUMK「まっぽす」も視聴率はいい。面白いのは両局の企画がほとんどかち合ってしまったこと。両局ともレポーターをだんじりの担ぎ手として参加させ、1日その姿を追う。NHKは金子アナウンサーが尾末の組、UMKは児玉レポーターが下納屋の組。

必死の形相で「下納屋だんじり」を担ぐUMK児玉レポーター。重さ2トン。


自分のふがいなさを泣いて謝る児玉。


NHK金子アナウンサーも頑張る


はじめは組の幹部に冷たくあしらわれていたが、最後には温かい言葉で一日の労をねぎらわれる。金子アナも感動の結末。この方々ややコワモテですが、カタギです、たぶん。


祭りのメインイベントの「さし比べ」ではNHKの参加した尾末だんじりが優勝し、レポートの構成が感動的に盛り上がった。短いレポートではあるが、視聴者の感動の涙を誘うくらい。
2トンのだんじりをどれだけ長く差し上げていられるかを競う。
だんじり内には子ども達の囃し手が5〜6名乗っている。


しかし、UMKの方も児玉レポーターの涙まみれの奮闘で十分感動させた立派なレポートであった。放送局の編集の力もあるだろうが、この祭りのもつ力が感動的なレポートの源泉だろうと思う。担いだ者だけが、とてつもない充足感と連帯感が得られるということ。

門川に住んで30年たつ。いつもはチラッと見て、こんなもんか、しまらない祭りだな、くらいにしか思っていなかったのであるが、今回この二つの放送を見て、認識を新たにした次第。
だんじりを支えている地元の皆さんに改めて感謝。

スクリーンショットはNHK「いっちゃがゴールド」、UMK「まっぽす」より

※DTI閉鎖にともない、ブログ移転してます。以下にどうぞ。FC2の「一歩 日豊 散歩」

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五十鈴川

  • 2012/08/22(水) 00:56:41

今年の夏は、この近辺に限っていうと天候不順。夏らしいカンカン照りの日が少ない。特に週末が不順なので家族持ちは子ども達を泳ぎに連れて行けないのでは・・・と心配だ。

五十鈴川、小松の川原には車が何台もきてはいるが、以前の賑わいはない。30年前、このあたりには面白い淵がいくつもあった。国道拡幅で様変わり。さらには護岸改良で河畔林が伐採されてしまい、川原も人工的になってしまうし、すっかり面白くなくなった。
五十鈴川
五十鈴川 posted by (C)オトジマ

雨がパラついてきたところ。
五十鈴川 小松
五十鈴川 小松 posted by (C)オトジマ

さらに上流の上井野の川原。車でのアプローチが容易で透明度も高く、いい水泳場になっている。
五十鈴川
五十鈴川 posted by (C)オトジマ

五十鈴川
五十鈴川 posted by (C)オトジマ

さらに上流の舟方トドロ付近で。老夫婦が川遊び。
五十鈴川
五十鈴川 posted by (C)オトジマ

上井野から支流に入った三ヶ瀬川で。
三ヶ瀬川
三ヶ瀬川 posted by (C)オトジマ

007
007 posted by (C)オトジマ

五十鈴川は上流まで多くの水遊びポイントがあるが、車でアクセスするのが楽なところはあまりない。最近は人が近づかないので川原に降りる道がいよいよヤブになってしまっている。みなさん、夏の思い出は川にありますよ!お金をかけて海外旅行や東京ディズニーランドにいくよりも、子どもは川に連れて行ったほうが喜びます。


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梅雨の大雨の沈下橋

  • 2012/07/03(火) 01:19:38

梅雨だから雨なのは当たり前。
このところはシトシトではなく、ドーーッと降る日がままある。
あまりにも降ると洪水が心配になる。大雨の後で五十鈴川に行ってみた。小松地区にはまだ沈下橋が残っている。

下:接続道路のところまで水に洗われている。ヒューとやって来た車が、ここで急ブレーキをかけて止まった。今日は渡れないことを知らなかったと見える。流木が転がっているところまでは水位が上がったはずである。
小松
小松 posted by (C)オトジマ

下:この濁流の下に橋があるとは想像もつかないだろう。
小松
小松 posted by (C)オトジマ

下:上から数日後の同じ場所。あっという間に水位が下がる。
小松
小松 posted by (C)オトジマ

下:最近川原を掘り起こして河道を広げ、護岸が設置された。割と自然工法なので風景になじむ。夏は広い川原が現れ遊泳場になる。
小松
小松 posted by (C)オトジマ

下:これは別の日。水没寸前の沈下橋
五十鈴川
五十鈴川 posted by (C)オトジマ

下:水が少ない時はこんな風
五十鈴川
五十鈴川 posted by (C)オトジマ

下:小さい子の水遊びには安全な浅さ。対岸の方は深い。
五十鈴川
五十鈴川 posted by (C)オトジマ

下:別の日のJR五十鈴川橋梁。まだ危険水位には達していない。
五十鈴川
五十鈴川 posted by (C)オトジマ

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遠見山ウォーキングコース

  • 2012/02/10(金) 01:27:43

久しぶりに遠見山方面にドライブしたら、あちこちに「遠見山ウォーキングコース」という案内看板が立っていた。

下:遠景は遠見山。あそこまで行って戻る周回コース。(クリック拡大)



遠見山ウォーキングコース
遠見山ウォーキングコース posted by (C)オトジマ

地元の農家を中心とした組合が設置したもの。コース自体は既存の車道であるから、看板だけ立てたものである。しかしコースの案内板があると、俄然、歩いてみよう、という気になるだろう。長いコースが約14km、ショートコースが約7kmあるから、ウォーカーは後どのくらいなのか、コースが間違ってないのか常に気になるだろう。

看板にはコース情報以外に地元農家の紹介があって楽しい。
遠見山ウォーキングコース
遠見山ウォーキングコース posted by (C)オトジマ

この看板から下ると保井ヶ浜(やすいがはま)に降りる。
遠見山ウォーキングコース
遠見山ウォーキングコース posted by (C)オトジマ

斜面の青いところはハウスみかん。
遠見山ウォーキングコース
遠見山ウォーキングコース posted by (C)オトジマ

下:ビロウ島が見える。
遠見山ウォーキングコース
遠見山ウォーキングコース posted by (C)オトジマ

門川湾を見下ろす。春は桜並木がキレイである。ここらのサクラの画像はコチラ
遠見山ウォーキングコース
遠見山ウォーキングコース posted by (C)オトジマ
下:サクラの盛りにはこうなる。
牧山の桜
牧山の桜 posted by (C)オトジマ

下:日向灘を見下ろすポイント。
遠見山ウォーキングコース
遠見山ウォーキングコース posted by (C)オトジマ

下:遠見山山頂下から出発地点方面を見下ろす。ココまでの標高差は130mくらい。コースはこのあと下に見える田んぼのあぜ道んい降りていく。
遠見山ウォーキングコース
遠見山ウォーキングコース posted by (C)オトジマ

下:遠方に延岡市街が見える。この先で、谷の山・樫の浜方面に行かず、逆方向に山を下る道をとり、庵川に至る。


ウォーキングステーションと呼ばれるコースの基点は、庵川、心の杜の下にある農産物直売所「遠見の里」であるが、そこは駐車場が狭いので、心の杜に車を置いて出発するといいかもしれない。帰りには温泉にも入れるのでちょうどいい。

下:ショートコースは途中でショートカットしているだけ。
詳しくはクリック拡大で


下:ステーションになっている遠見の里
遠見の里
遠見の里 posted by (C)オトジマ

下:遠見の里でコースマップをもらえる。クリックで拡大し、右クリックで保存してダウンロードして下さい。




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門川 だんじり

  • 2011/11/21(月) 00:23:34

岸和田のだんじりほど有名ではないが、門川にもだんじりがある。岸和田のような迫力やスピードはなく、見ていると何をやってんだか判然とせずイライラしてくるようなところがあるが、大勢の祭り装束の男達がよってたかって重いだんじりを担ぐ姿は勇壮ではある。若い女性ならグッとくるものがあるんではないだろうか。昨日、私の生徒の女子中学生たちは今日のだんじり見物に着て行くための洋服を買いに行ったし、友達と化粧をしていくかどうかの相談をしていた。実際見物衆は挑発的なおしゃれをした若い女性が多いのである。今年の少女達のファッションはホットパンツあるいはちょうちんパンツにブーツ。

下:だんじりの中には派手な女物の着物を着た少年達が5〜6名乗っていて鉦や太鼓をたたいている。
門川 だんじり 2011
門川 だんじり 2011 posted by (C)オトジマ

門川 だんじり 2011
門川 だんじり 2011 posted by (C)オトジマ

下:今年のだんじりのテーマは「負けるな!東北」「立ち上がれ宮崎」
門川 だんじり
門川 だんじり posted by (C)オトジマ
昼を過ぎると担ぎ手たちはアルコールが回るやら疲れてくるるやらですぐにへたり込む。道路のあちこちに担ぎ手たちの脱げたワラジがたくさん落ちている。絶えず振る舞い酒ならぬ缶ビールが供給されている。かつては未成年に飲酒させるのはいかがなものか、と問題になったこともある。

下:少女達の歓声が男達への最大の贈り物。
門川 だんじり 2011
門川 だんじり 2011 posted by (C)オトジマ

下:門川でこんなにたくさんの人出を見ることはめったにない。
門川 だんじり
門川 だんじり posted by (C)オトジマ

今年は天候に恵まれていたせいか大変な人出であった。ふだんうらさびれた漁村は大勢の参加者と見物衆で大賑わい。
その熱気は久しぶりに祭りらしい祭りを見た気がした。祭りってのは何かとんでもない絶景とかワザとか芸能を鑑賞するものではなく、非日常的な人出がさらに人を集めるもの、すなわち人を見に行くものなんだなぁ、と再認識した次第。

下:子供達も祭りの衣装。


下:少年たちはド派手な着物とタスキ。これでこそ祭りだ。
門川 だんじり 2011
門川 だんじり 2011 posted by (C)オトジマ


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昔の門川の小学校-2

  • 2011/06/04(土) 01:10:29

草川小の写真から、少し昔の資料を見てみると幾枚か写真があった。どこかにはあるはずなんだが校舎の写真があまり見当たらないのが残念。
下:大正4年、門川尋常小学校

下:大正10年、門川尋常小学校、1年生。私の母と全く同じ世代である。昔の子供もなかなかわいい。その時代の人の思い出話によれば、当時の少女たちはパンツというものをはいておらず、運動会では腰巻で走っていたという。いわゆるブルマーが学校に普及しはじめたのは昭和になってから。

下:大正11年。門川尋常小学校。現在地である。校舎より運動場が一段低いのは今と同じ。

下:大正12年、草川小卒業生


私のおばは娘時代には門川小学校の教諭であった。昭和10年代のことである。彼女はあまり昔話をする人ではなかったが、門川小での家庭訪問の思い出を話してくれたことがある。どこの家庭も貧しかったが、ある家庭ではお茶受けに小皿に砂糖を盛って出してくれたので、驚いた、という。そう、当時の田舎の貧乏人には砂糖は大ご馳走であった。私だって幼いころはおやつにザラメをなめていたものだ。
NHKの朝ドラ「おひさま」の時代は戦時中だからやはり昭和10年代である。そのなかで陽子先生の家庭訪問でハチノコが出たり、砂糖が出たり、というエピソードがあるので、私のおばの話も当時の日本の田舎ではまんざら珍しい話ではなかったのだな、と感じた次第。
下:ためしに砂糖を盛ってみた。そんなに異常な光景でもない。もしかすると白砂糖ではなかったのかも。

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昔の草川小学校

  • 2011/06/03(金) 01:45:44

昔の写真集を見ていたら、「加草小学校」の写真があった。
今の永願寺の北、グリヤードの向かいである。日豊線が見える。もちろん10号線はなく畑の下は海のようである。小学校は結構広い。今からは想像もつかない光景である。年代は不明。


もう一枚あった。同じ場所であるがこれには草川小学校とある。こちらの方が正しい名称のようである。草小沿革によれば昭和22年(1947年)に2階校舎を増築、とあるからそれ以降の写真か。加草海水浴場の砂浜が見える。


昭和23年の地図で確認してみると、確かに加草の永願寺そばに学校マークがある。門川(かどがは)駅前は広い野原で「小原」と地名がついている。その野原の中にポツンと文マークがある。おそらく新設されたばかりの門川中学校か。門中は門川青年学校の校舎を借用して発足している。青年学校は今で言えば実業高校か職業訓練校。(クリック拡大)


門川町のホームページを見ると、1888年に庵川、草川、門川の小学校を小原に校舎を新築し統合した、とある。小原というのは現在の駅前の東栄町あたりである。少し離れてはいるがどうやらこれが上の写真の学校のようだ。

1901年に現在地の門川小学校が設立されたとき、もとの小原の校舎のままで草川小学校が分離された。草小沿革によれば1907年に校舎竣工し、それをもって創立年とする、とある。草小が現在地に移転したのは昭和35年(1960年)である。

下:現在、その場所は細かに区画された新興住宅地になってしまっている。住宅地になる前はイチマル水産の加工場と魚干し場であった。

下:永願寺から見下ろす。


草川小学校校歌。作詞は小嶋政一郎である。

1.
入海まるく 光る潮
島山かすむ 春や秋
草川 草川 われら学び舎の
あかるき窓の 美しき

2.
この門 父も くぐりけん
この室 姉も 学びけん
草川 草川 これの学び舎の
花さく庭の なつかしき

3.
こころは海の ひろびろと
すがたは花の 美しく
草川 草川 見よや学び舎の
かがみとわれら 努めなん

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津波避難訓練

  • 2011/05/27(金) 01:03:01

22日は県の防災の日とかで門川町でも津波の避難訓練があった。東日本大震災のすごい津波を見た後だけに避難が必要な大津波が非現実的だとは思えない。

訓練は予告どおり10時にけたたましくサイレンが鳴る。普段きかない音だけに緊迫感がある。防災無線が避難を呼びかける。しかし避難方法、避難先はあえて指定しない。これも事前に通告されていた。
東北の大震災では「とにかくもよりの高台避難」をした人々が助かっている。臨機応変の対応が必要だった。マニュアルどおりでは必ずしもうまくいかない事例が多かったのでこの訓練でも個人の判断にまかせる、という町の方針のようである。
下に示した門川町の津波ハザードマップでは門川中学校が避難場所になっているが、大震災クラスの津波では標高4m程度の門中ではひとたまりもない。さらにこの日は門中は教室が開放されていなかったという。せっかく各戸に配布した立派なハザードマップも訂正を余儀なくされそうである。

下:訓練参加の人々がのんびりと高台を目指す。年寄りは階段が大変だ。

下:ふもとの住民のごく一部しか参加してないようだ。若い世代はほとんど不参加。


昔土々呂に住んでいたころ、三陸のようなノコギリの歯のような湾入では津波は湾奥にいくほど高くなるが、土々呂のような巾着型の湾はそう危なくない、と聞いたことがあり長年真に受けてきた。しかし今次の津波の映像を見ると津波というのはそんなに生易しいものではなく、海水面が急に高くなりそれがしばらくの間継続する、という現象である。だから波ではなく海水の流入が本質的なのでノコギリ型だろうが巾着型だろうがさらには仙台以南の海岸のように湾入のない平坦な海岸だろうがおかまいなしに危ないのである。

下:気仙沼のこの映像が最もよくその様子を伝える。海水面はどんどん高くなり情け容赦がない。ところで津波映像を見るたび疑問なのは防災無線はなぜあんなにゆっくり話すのか?あれでは切迫感がまるでないではないか。それに「警報が出てます」ではないだろ、今まさに大津波がきちゃってるよ!


10mを越すという大震災の津波は貞観津波以来のいわば1000年に一度、という稀有な大津波であった。あんな大津波がたびたびあるとは思えないが、遠からず予想される東南海地震の津波では日向灘沿岸にも斑目氏式に言えば、4m、5mくらいの津波が来る可能性はゼロではない。門川町のホームページから津波ハザードマップがダウンロードできる。2008年版なので今回の津波の知識は織り込まれていない。
これを国土地理院の25000分の一地図と照合してみると、どうやら5m以内の津波を想定しているようだ。4mくらいかもしれない。

下:門川津波ハザードマップ。詳しくはリンク先からダウンロードして下さい。


下:国土地理院地図で標高5m以下を塗つぶしてみた。もしこれを10mにするなら門川は山を残してほとんど壊滅。地図が大変古いのがご愛嬌。なんと昭和55年発行。測量はその10年前くらいだろう。海浜公園や五十鈴小がまだない。(クリックで拡大)

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