都万神社

  • 2010/12/28(火) 00:22:37

西都市に行った折、たまたま大きな神社があったので寄ってみた。都万(つま)神社である。広い境内のあちこちにクスの巨木があるが、どれも内部がウロになって枯死寸前、あるいは倒壊遠からず。残念であるが木にも寿命はある。




拝殿に行ってみるとなんだか違和感がある。参詣客が妙に多いのである、観光地でもなく正月でもないのに。それも若い女性ばかり。はじめは台湾か中国からの団体観光団かとも思ったが日本語を話しているので違うようである。

絵馬を見て謎が解けた。絵馬はハート型の良縁を願う物が多い。そう、都万神社は妻神社ともいい、最近は縁結びの神として流行っているようだ。絵馬を奉納したした人も全国に渡っている。絵馬での願いは切実な結婚への願いが感じられて切ない。


ここでは境内のお稲荷さんにキツネがいた。これはさすがに狛犬とは言うまい。

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福瀬神社の狛犬とハナガガシ

  • 2010/12/26(日) 17:47:15

福瀬神社は現在の日向市、合併前でいえば東郷町福瀬にある。
地元教育委員会の掲示によれば、ここのハナガガシの木は樹齢300年・根回り9m・樹高40mの日本一、いや世界一の巨木だという。森の中なのでその全貌を写真に撮るのは困難だ。

最近、大枝が近隣の民家に差し掛かり危険だ、というのでこの木は大幅に剪定されたという。だからこの写真(6年前)の姿はもう見れない。
その詳しい経緯はココを見て欲しい。巨樹を守るのも大変だ。「安全」の錦の御旗の前では巨樹の立場は弱い。いくら金を積んでも買えない巨樹こそ最も価値ある歴史遺産だと思うんだが。



下:福瀬神社、拝殿。どこもピンクで塗られている。


下:この神社の狛犬も行縢神社ほどの不気味さはないものの、容貌魁偉でなかなか魅力的。ほとんど人面。
大正6年の年銘があるから100年も経っていない。
全国的な狛犬デザインのスタンダードがなかった頃にはさまざまな狛犬があったにちがいない。




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聖夜の仁王

  • 2010/12/25(土) 23:01:25

Merry Christmas!


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行縢神社の狛犬

  • 2010/12/25(土) 09:26:26

神社の拝殿はどこもここも似たり寄ったりで、特に新しく立て替えられたものは面白くない。狛犬も時代の新しいものは個性が感じられず、全国一律似たようなデザインで面白みがないので注視することもない。
しかし時代を少しさかのぼると個性的なものが多い。そんなに昔でなくても昭和初期、大正、明治くらいだと各地の石工の個性を感じさせる狛犬がある。全国的な情報網が発達してなかった頃は、遠隔地のデザインを模倣することが少なかったのだろう。
私の近所では行縢神社のものがきわめて個性的。


かなり不気味である。獅子というよりサルかヒヒみたいだ。
子供が一人でこの神社に来たらとても怖がるだろう。この神社自体が人里はなれた深い森の中にある。

左右でデザインもプロポーションもかなり異なる。
破損しているのが惜しい。

明治33年という年銘がある。萬作という石工の名もある。



ところがこの素晴らしい狛犬の横に真新らしい平凡な狛犬が並んでいて、この狛犬を押しのけているのである。どういう目立ちたがりが奉納したんだ?


下:行縢神社参道は深い原生林の森の中にあるが、神社周辺には杉の古木が多い。行縢の滝はここから遠くない。



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玄関先の阿吽たち-2

  • 2010/12/24(金) 00:21:26

沖縄のシーサーはシシのなまりらしい。つまり獅子である。狛犬も元来は獅子なのだがライオンになじみのない日本ではいつしかイヌと呼ばれるようになっただけで本当は犬ではない。道理で全然犬らしくはないわけだ。
最近では近所の玄関先でもシーサーを見かけるようになった。



下:狛犬とは姿勢が違うようだ。いまにも飛び掛りそうだからこれはシーサーだろう、と分類してみた。


とはいえ、こいつはお座りしているが顔つきがシーサー風である。それに赤い焼き物だからシーサーだろう。

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玄関先の阿吽たち-1

  • 2010/12/23(木) 15:30:10

近所の住宅地を歩いていると玄関に狛犬を置いている家が結構ある。最近の流行なのか。沖縄では狛犬(シーサー)は個人宅にある訳だから不思議はない。ただし狛犬と言っても陶器の置物なのだが。これを見ると心なごむ。








下:信楽のタヌキと並んで。玄関先の常連の揃い踏み。

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竹田近辺の野仏

  • 2010/12/22(水) 01:02:40

車で国道を通過するだけなのでそうそう野仏を見かけるわけはない。じっくり野仏を探すなら国道をはずれなければならないのだが、それはまた次の機会にゆずろう。

下:三重町で。嘉永7年(1854年)と年銘がある。
ここの地蔵の前掛けは赤でなく灰色の水玉。おしゃれである。



下:緒方町の馬求宮の田植地蔵。残念ながら顔を破損。
田植えが日暮れまでに済まず困っているところをどこからともなく現れた童子が手伝ってくれて助かった。帰ってみたらなじみの地蔵が泥まみれになっていた、というような田植え地蔵伝承はあちこちにあるから日本昔話にもなっている。





同じ所にどういう訳か恵比寿様。こんな山の中でよく鯛が釣れましたね。


竹田市郊外で。「延命地蔵尊」とある。どうやら首を失ったので新しく付け替えたようだ。そんなんで本当に延命のご利益があるのか若干不安は残る。


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北滝ロマン道路

  • 2010/12/21(火) 01:22:38

旧久住町(竹田市に併合)を通過する国道442号は滝廉太郎の竹田、北原白秋の柳川の隣の大川市を経由することから久住山麓近辺を「北滝ロマン道路」と呼ぶらしい。建設省と「道の日」実行委員会により制定された日本の道100選に入っている。

まぁ、久住山麓は風光明媚なのでいいとしても、それ以外の区間はフツーの国道である。しかも柳川市は通っていないんだし、竹田、柳川いずれの市街地からもはるか離れているんだから「北滝ロマン道路」は牽強付会の感が強い。



日本の道路景観といえば市街地以外では山か耕作地ばかり。平地でないところはほとんど樹林なので見晴らしがきかないものだが、久住から阿蘇にかけては野焼きで草地を維持しているので見晴らしが良い。ここ久住花園近辺でも牧場が多く樹林がないので遠方まで見晴らせる。遠く阿蘇や大分宮崎県境の祖母・傾の山々まで見える。


この道路は松並木で名高い。いまや松並木は珍しい。マツクイムシにやられ壊滅状態だからここの松は貴重だ。ここでも防除がなされているのが個々の松に付けられているタグでわかる。この松は江戸時代に細川藩が植えたものだというから歴史が古い。
車で走ると松並木区間は5〜6分くらいしか続かないのがちょっとさみしいが。やはり杉より松のほうがはるかに趣きがある。松林が途絶え杉林があらわれるとがっかりする。



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竹田 おたまや公園と周辺

  • 2010/12/19(日) 23:30:04

竹田の稲葉川沿いに岡藩藩主中川家の墓所、おたまや公園がある。元来は中川家の菩提寺の碧雲寺の境内だったものを公園化したもの。墓が公園になっているというのも奇妙である。実際に行ってみると墓石がたくさん並んでいる。ブランコなどの遊具は全然ない。日曜日というのに駐車場はカラッポで公園内にもだれもいなかった。

上:園内や背後の山の紅葉はすっかり散ってしまっている。11月は紅葉見物で多少は賑わったかもしれない。

下:石橋で池を渡ってあの白塀の内側に入ると歴代藩主の墓が並んでいる。



園内の山の崖に線刻仏画があってここの名所らしいが、目を凝らさないと何が描いてあるのかわからないほどのもので正直言ってあまり有り難味がないので写真も載せない。



上下:おたまや公園の隣が中川家の菩提寺の碧雲寺。大きな本堂をかまえる立派な寺である。


下:碧雲寺のそばの山の中腹に英雄寺がある。この寺は中川氏によって建立されていて、その歴史的由来は写真の説明版を見て欲しい。写真で石段の上にチラッと見える山門は鐘楼を兼ねている。その説明も説明版にある。(クリックで拡大)



この寺は牡丹でも有名らしい。文禄の役、朝鮮出兵にまで遡るその故事と碧雲寺の由来はなかなか面白い。ぜひコチラで見て欲しい。


下:最近芸能界にも城マニアが多い。



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城原八幡社近辺

  • 2010/12/19(日) 00:21:35

城原神社自体が景行天皇の九州征伐に由来し景行天皇を祭神とするくらいだから、大変古い歴史を持つ。神話が事実ならなんと約2000年前。弥生時代である。まぁ、そこまではないが神社の周囲には昔なつかしいような景観が残っている。

下:まだ営業しているのかなぁ。

下:この理容室は赤青のねじりんぼうが回っていたから営業中。


下:神社そばの景行天皇行宮蹟の鳥居が立つ丘の上から見た風景。
すぐ下には造り酒屋のレンガ煙突。さだまさしの「案山子」の歌詞みたいだが。右手の森が城原神社。



下:この酒造場はもう営業していない。神社のまん前にあるその本宅も空家となり朽ちつつある。立派な屋敷と酒造蔵だけにもったいない。なんとか保存できないものか。



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