郷土の映画人

  • 2013/01/31(木) 00:21:29

いまや全国どこでもご当地映画がさかんに作られている。
門川町でも吉本興行によって「ウミスズめし」が製作されて5月公開。県出身の吉本タレント「とろサーモン」らが出るとか。吉本所属の「博多華丸大吉」の大吉の奥さんは門川出身だ。すでに撮影は町内各所でとっくに済んだらしいが私の全く知らない間の出来事。町の観光協会に行ってもまだ全然資料はない。

私が愛読しているharbyさんのブログによると、氏のご子息、港岳彦氏は新進のシナリオライターで、この度「百年の時計」という作品の脚本を担当され、映画が公開の運びになるという。すでにYoutubeに予告編がある。延岡出身の映画人はほかにもいろいろおられるのかもしれないが、そのことだけでも一挙に作品への興味がわく。公式サイトを見てもなかなか面白そうだ。


この映画は高松の私鉄「琴平参宮電鉄」略称「ことでん」の創立100周年記念映画である。鉄道ファンなら知らぬもののないローカル私鉄である。当然電車の場面が多いだろうから鉄道ファンなら是非見てみたい。メジャーな映画作品でも最近鉄道ファンをあてこんだかのような作品が見られる。島根の一畑電鉄を舞台にした中井貴一主演の「RAILWAYS」、阪急今津線を舞台にした「阪急電車」など。

「百年の時計」には市長・県知事も出演するご当地映画であるが、ストーリーはその範疇にとどまらないなかなか深いもののようだ。ぜひ見てみたいものであるが、ただでさえ映画へのアクセスが悪い県北のことだからどうなんだろう。

日向高校出身の映画監督・内藤隆嗣氏の初作品「不灯港」も面白そうで是非見たかったのであるが、いまだに見る機会がない。ゲオにいってもレンタルしてない。Youtubeでは予告編が見れる。


ビッグネームでは延岡中学(旧制)出身の俳優・志村喬がいる。黒澤映画の常連だから世界的俳優であるが、若い人は知らないかな。




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ひまわりと子犬の7日間

  • 2013/01/23(水) 01:19:49

日向山田会の「東京家族」上映会では「ひまわりと子犬の7日間」が併映された。理由が二つ。監督の平松恵美子氏が山田監督の助監督と共同脚本家を長年務めていること、映画の舞台が宮崎であること。日向の上映会では山田氏とともに平松恵美子氏も舞台挨拶に立った。とても小柄な女性である。





犬物映画は昨今とても多い。2000年代になってだけでも邦画では「白い犬とワルツを」「DOG STAR」「仔犬ダンの物語」「さよなら、クロ -世界一幸せな犬の物語-」「クイール」「犬と歩けば -チロリとタムラ-」「いぬのえいが」「イヌゴエ」「ベルナのしっぽ」「イヌゴエ 幸せの肉球」「わんこ THE MOVIE」「犬と私の10の約束」「DOG×POLICE 純白の絆」「わさお」「LOVEまさお君が行く!」「星守る犬」・・・・・。まだまだあると思う。実は私はDVDですら一つも見てない。犬はきらいではないが犬物映画は「お涙頂戴路線」が多いし、子どもや犬好きという安定ファンをねらった安直なマーケティングが透けて見えるのであまり好きではない。

とはいえ、併映だし、我が敬愛する山田監督の愛弟子のデビュー作なんだし、ご当地映画でもあるわけだから見ざるを得ない。公開は3月中旬なので春休み映画か。結論的に言えば、子ども連れの家族なら見ても損はない映画に仕上がっていた。何はともあれ、犬の映画だし、子どもが重要な役割をするので子どもには感情移入しやすいし、人間ドラマとしてもよく出来ているし、教訓的だし・・・・。さらにはちゃんと泣けるように出来ている。舞台上で山田監督に花束贈呈した地元の小6の少女はこの映画の試写会で号泣したという。ちなみに彼女は山田会会長の娘さんらしい。

ただし、やや鬱陶しくて肩が凝る、という向きも多いかもしれない。少なくとも楽しい娯楽作品とはなっていない。他の犬物はよく知らないのであるが、この作品はいささか毛色が違っており、保健所での犬の殺処分という重いテーマを扱っている。保健所の職員である主人公は犬を殺処分することに大きな葛藤がある。昔、私の飼い犬も危ういところで保健所に捕獲されて収容所送りになるところだった。映画の中での話によれば、宮崎県内で年間4000頭もの野犬や捨て犬が殺処分されているとか!私の息子は現在保健所で働いており、必ずしも他人事ではない。



マイナーな県である宮崎県人としては、そのローカルぶりが気になるところだ。宮崎市が舞台なので、ほぼ全出演者が宮崎弁を話す。皆さんなかなか上手である。子役の二人がかなり自然な子どもらしい宮崎弁でかわいくてとてもよかった。唯一のネイティブで主演の堺雅人の宮崎弁は当然ながらパーフェクトなんだが、あの独特のイントネーションはいささかやりすぎなんじゃないか?他県の人はどうだか知らんが、宮崎の人間は、リアルな宮崎弁を客観的な立場から聞くと心地よく感じないのではないだろうか? 妻も堺の宮崎弁を「気色悪い」と言っていた。特に我々県北の者にとって県央や県南の奇妙な抑揚はいただけない。たぶん他県の人にとっては差はないのかもしれないが。



昔、学生時代、山手線の電車に乗っていたら、数名の若者がド宮崎弁で大声でしゃべりまくっているのに遭遇した。そのときの気恥ずかしさ。自分がしゃべる分には全く気にならないのであるが、他人が東京でしゃべっているのを見ると恥ずかしいのはナゼ?

実は一本だけ洋画ではあるが犬物を見たことがある。リチャード・ギアのリメイク版「ハチ」である。なかなか良かった。この映画で欧米では秋田犬人気が高くなった。日本の家屋で飼うのにはでかすぎるが欧米の大きな家では屋内でも飼えるらしい。リチャード・ギアと同じくらいでかい。


実は我家で飼っていた犬も「ハチ」であった。


「ひまわりと子犬の7日間」公式ページはコチラ

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山田会 東京家族

  • 2013/01/20(日) 23:37:06

日向市の山田会は山田洋次のファンクラブで、山田監督の新作の度に日向市でプレミアショーを開催する。山田会の意気に感じた山田監督の厚意によるものである.山田監督は東京と同じ環境で観客に見せたい、ということで音響の機材やスタッフを東京から持ち込む。今や全国のシネコンではデジタル上映が普通であるが、日向にはフィルムを持ち込んだ。フィルム交換タイミングを示す白いポッチが度々あらわれ懐かしかった。今回上映は、全国封切とほぼ同時開催。コチラに山田会関連記事。

上映会では恒例の山田監督と脚本・助監督の平松恵美子の舞台挨拶があった。昨日が初日のお忙しい身ではるばるこんな田舎まで来ていただくなど恐縮至極。ハッキリ言ってこんな田舎でプレミアショーしてもほとんどパブリシティ効果は期待できないのに。82歳の高齢ながら次回作を準備中と聞いてうれしい。会場内は撮影禁止なので残念ながら写真はない。


今回作品は「東京家族」。いわずと知れた小津安二郎の「東京物語」のリメイクである。名作をリメイクしてもロクな結果にならないことが多いが、今や巨匠となった練達の山田監督には目算があったのだろう。結論的に言えば素晴らしい作品であった。事件も怒号も大恋愛もない淡々とした2時間26分に全く間断がない。といって嵐のような感動の涙というほどはない。リーフレットの「2013年、涙せずにはいられない!」という惹句はいかにも「お涙頂戴」で山田監督の意に沿わないのではないか?「笑っていいとも」で主演の橋爪功が「暖かい涙が得られます。ハンカチは持っていったほうがいいですよ。」と語っていたが、そのくらいでいい。小津の「東京物語」は山田作品よりもさらに淡々としていて泣ける映画ではないが、山田版は小津番よりやや湿っぽいかも。


小津版を知って見ていても面白いが、全然知らない人は先入観がないだけに更にいいと感じるのではないだろうか。現代人に小津版を見せると退屈するかもしれないが、山田版ではそんなことはないだろう。どの俳優もいいが意外なのは林家正蔵。見る前はミスキャストじゃないの?と思っていたが、その軽い演技がなかなか心地よい。彼が茶の間でラッキョをつまみ食いする場面がある。妻に「手でつままないで!」といわれながら2個カリカリと食う。実は撮り直しを重ね、107個も食うハメになったとか。軽そうに見えて、裏では巨匠の厳しい演出があるのだね。

下:橋爪功は72歳、吉行和子は78歳。


老夫婦(橋爪功・吉行和子)の年齢は小津版(72歳・68歳)に準じていると思われる。60年前なら立派に老人であるが、現代でまだハナ垂れ小僧の部類。小津版に倣ったかのようなゆったりしたしゃべり方はちょっと現実離れしているかもしれない。小津版では笠智衆・東山千栄子が演じていて、なんと当時笠智衆は49歳!山田版の長男幸一を演じた西村雅彦 (51歳)より若いが、橋爪よりも年長に見える。阿部寛が48歳だから今の感覚だとまだ若者でも不思議はない実年齢。私より10歳も若いんだから。東山千栄子は当時63歳。これだって現在では83歳に見えるようなフケ作り。


小津版では老夫婦は子ども達から厄介扱いされて熱海の安宿に送り込まれ、いやな思いをしてすぐに引き返すが、山田版では横浜みなとみらいの高級ホテルに行かされ落ち着かない思いをする。熱海から横浜への変化が60年の時代の推移を感じさせて、面白い。

一番大きな違いは、小津版では次男昌二は戦死しており、原節子演じる未亡人紀子が重要な役どころとなる。山田版では昌二は身分不安定な舞台美術スタッフでその恋人が蒼井優演じる紀子である。昌二は長年父親と対立している不肖の息子。ここらの構図は山田監督自身の「息子」(1991年)とそっくり。


山田版では老妻は東京から広島に帰った後で死ぬが、山田版では東京で死ぬ。3世代家族が揃うところで亡くなるので小津版よりウェットたらざるを得ない。



エンディングは小津版では尾道だが山田版では瀬戸内海の大崎上島。孫の少女が瀬戸内海を背景に元気良く走って犬を散歩させるエンディングに観客は救われる。コチラにロケ地情報がある。
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平岩界隈

  • 2013/01/17(木) 14:22:26

日向市街地の南を平岩という。
NHK・火野正平の「こころ旅」で平岩近辺を走っているところ。
平岩
平岩 posted by (C)オトジマ

丘の上から俯瞰する。左手の山の中腹では高速道路の工事中。
平岩
平岩 posted by (C)オトジマ

丘の上に「幸福寺」がある。寺の創建は江戸時代半ばであるが、建物は新しい。幸せになれそうな寺名である。
平岩
平岩 posted by (C)オトジマ

仁王が立っている。ほとんど新品である。肌の部分は黒く着色されている。
平岩
平岩 posted by (C)オトジマ

平岩
平岩 posted by (C)オトジマ

お寺に埴輪も変だが、まだ許せる。しかしノームは完全に場違い?
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P1125956 posted by (C)オトジマ

樹脂でできた納骨堂とおぼしき建造物。ビニールハウスかと思った。
平岩
平岩 posted by (C)オトジマ

幸福寺からしばし南下すると平岩地蔵がある。県北では宇納間地蔵とともにそのお札がポピュラーである。木喰上人が彫った地蔵がある。普段は見ることはできない。コチラを参照。
平岩
平岩 posted by (C)オトジマ

地蔵堂の裏山が公園になっていて遍路道のようにいくつか石仏が並んでいる。昔は八十八箇所めぐりがあったようだ。
平岩
平岩 posted by (C)オトジマ

平岩
平岩 posted by (C)オトジマ

平岩
平岩 posted by (C)オトジマ

火野正平が日向に来た時の目的地はサーファーのパラダイス、金ヶ浜であった。金が浜を見下ろす高台はバブルの頃、別荘地として開発されたが、売れず、その後住宅地として分譲されている。海が見下ろせる区画は絶景である。
平岩
平岩 posted by (C)オトジマ

平岩
平岩 posted by (C)オトジマ

空き地が多い。
平岩
平岩 posted by (C)オトジマ

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「コクリコ坂から」と「レ・ミゼラブル」

  • 2013/01/13(日) 23:02:08

11日金曜日、金曜ロードショーでスタジオジブリ作品「コクリコ坂から」が初めて放映された。いままで劇場公開、DVDやブルーレイで見ていない多くの人がこの番組で初めて見たはずである。


驚いたのは当ブログへのアクセスの殺到である。普段の日はおよそ1日に150位のユニークアクセスがその夜のわずか2時間でおよそ4000!その後もずっと継続している。ためしにDTIブログランキングを見てみたら上位に入っていた。驚き!アクセス数を稼ぐためだけならやはり芸能ネタが大変有効らしい。

今回のアクセスは拙ブログで「コクリコ坂から」劇場公開の2011年7月に、映画に関して考察したさまざまについての記事へのものである。過去記事は右カラムの2011年7月を参照。従来も劇中歌「紺色のうねりが」を検索ワードとするアクセスが多かったが、今回の特徴は「カルチェラタン」という検索ワードが圧倒的に多いことだ。劇中で高校の学生会館の古い洋館が「カルチェラタン」と呼ばれる。


我々の世代までは「カルチェラタン」という語にあるイメージを共有していて、説明の必要もないどころか、その名称で劇中の学生会館の性格や役割を感得できるのであるが、今の世代にはほとんど聞きなれない語であるようだ。

いうまでもなくカルチェラタンとはパリにある学生街である。革命の国フランスではここはたびたび学生運動の発火点となった。日本でも学生運動たけなわの頃、「神田カルチェラタン」などと言われたこともある。現在のように大学が郊外移転する前には神田・御茶ノ水は明治・中央をはじめとした学生街であった。


実は「コクリコ坂」の原作マンガにはこのカルチェラタンは登場しないし、学生運動の争点は学生会館の取り壊し問題ではなく、制服自由化問題なのである。カルチェラタンは宮崎駿氏による創作である。この映画は時代を1963年と設定してるが、日本人に「カルチェラタン」という語が定着したのは1968年のフランス5月革命以降ではないだろうか。

我々は革命というとフランスのイメージがある。民衆がバリケードを築いて街区を占拠し、権力と対峙する・・・。1968年のフランス5月革命でも学生はカルチェラタンにバリケードを築いた。日本ではそんな革命を経験していないのでちょっとうらやましくもある。さて、話は変わって、いま話題の映画「レミゼラブル」を見た。映画の内容や評価を言い出すとキリがないので略する。



物語は19世紀初頭のフランスの革命騒ぎを背景としている。例によって学生達は街頭にバリケードを築き、軍隊と対峙するが、劇中のバリケードと戦いのスケールがえらく小規模なのである。(上の写真) ミュージカル仕立てで、数名の主要人物をクローズアップするためには致し方ないのかもしれない。民衆から浮いた小数の尖鋭分子が主導する革命運動は挫折しかない。

ところがエンディングで目を疑うような巨大なバリケードを見ることができる。革命は挫折するが、自由と民主を求める民衆の気概は不滅であることを表象する幻想の場面。舞台なら死んだものも生き返って全員集合し大合唱する大団円場面。合唱「民衆の歌」(Do you hear the people sing)が流れる中、人民は巨大なバリケードに依って立ち旗を掲げる。それまでのすべてが歌で展開するまどろっこしく込み入った物語は脇に置いておいても感動できるエンディングである。我々のように学生時代に学生運動の隅っこに身を置いて革命歌を歌ったことのある者は涙なくして見られない。「砦の上に我等の世界〜」という鹿地亘訳のワルシャワ労働歌を思い出すのである。

下:下の動画では映画の革命シーンのダイジェストが見れる。「Do you hear the people sing」でYoutubeで検索すると合唱付・英語歌詞付のものがあるので是非、英文歌詞を味わいながら聴いて欲しい。あなたも革命に身を投じたくなる。


その場面の天を衝くような巨大なバリケードの画像を探したが見当たらない。おそらくセットではなくCGだとおもう。家具やガラクタを積み上げてあんな高いバリケードを作るのは困難だし、史実とも全然違うだろうが、ともかく美しい!!

下はネット上でみつけた類似場面であるが、これはセットだろう。


この後に上から俯瞰するシーンがあり、ありえないくらいのバリケードを見ることができる。いずれ画像を見つけたらアップしよう。


歌に感動したので英語の歌詞を添付しておく。

Do you hear the people sing?
Singing a song of angry men?
It is the music of a people
Who will not be slaves again!
When the beating of your heart
Echoes the beating of the drums
There is a life about to start
When tomorrow comes!

Will you join in our crusade?
Who will be strong and stand with me?
Beyond the barricade
Is there a world you long to see?
Then join in the fight
That will give you the right to be free!

Do you hear the people sing?
Singing a song of angry men?
It is the music of a people
Who will not be slaves again!
When the beating of your heart
Echoes the beating of the drums
There is a life about to start
When tomorrow comes!

Will you give all you can give
So that our banner may advance
Some will fall and some will live
Will you stand up and take your chance?
The blood of the martyrs
Will water the meadows of France!

Do you hear the people sing?
Singing a song of angry men?
It is the music of a people
Who will not be slaves again!
When the beating of your heart
Echoes the beating of the drums
There is a life about to start
When tomorrow comes!

※DTI閉鎖にともない、ブログ移転してます。以下にどうぞ。FC2の「一歩 日豊 散歩」






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火野正平 高鍋に

  • 2013/01/10(木) 00:35:36

本日のNHK、火野正平の「こころ旅」は美々津から高鍋へ。知ってるところばかり通るので楽しい。

まず、耳川河口あたりでお手紙を読む。向こうは権現崎。


美々津から高鍋大師を目指す。10号線で行けば25kmだが例によってわき道で行く。
美々津の街並の中を通る。見物はなし。


美々津から石並川河口へ。向こうに美々津灯台の七ツバエが見える。


都農あたりのビニールハウスで栽培農家と交流。向こうにリニアモーターカーの高架橋が見える。今ではソーラーパネルが並んで発電施設になっている。




高鍋町、持田のキャベツ畑の中の県道304号。


これは私が撮影した同じ場所。畑の中のあぜ道にトラックが入って収穫・箱詰め・出荷をしている。


台地の上から山椒茶屋下の国道10号線に降りてきたところ。信号の向こうの台地の上に高鍋大師が見える。例によってキツイ坂道を登らされる。実は山椒茶屋の裏から行けば全然坂道なしでラクに行けるのであるが、そこは演出。


高鍋大師から10号線方面を見下ろす。
高鍋大師
高鍋大師 posted by (C)オトジマ

私が撮影した高鍋大師。背広を着たおじさんや水戸黄門・助さん・格さんなど訳のわからん石像がたくさん。悪趣味の極地ともいえるが、歴史を経るうちに文化財になりつつあり、高鍋町としては観光の目玉にしているところ。コチラに関連ページ。
高鍋大師
高鍋大師 posted by (C)オトジマ

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風立ちぬ 再論

  • 2013/01/09(水) 00:37:46

※映画「風立ちぬ」のレビューは7月21日付けポストのコチラを参照のこと。

昨年末の12月、いきなり当ブログへのアクセスが殺到した日があった。なにごとか?と調べてみたら、その日にスタジオジブリが2013年夏公開の新作「風立ちぬ」と「かぐや姫の物語」を発表したことによるものであった。

拙ブログでは一昨年、宮崎駿監督の次回作が「風立ちぬ」であることと、原作の概要を記した。昨12月の公式発表は簡単なものであり、詳細については公表されていない。画像もイメージポスター1枚だけである。ジブリの以前の作品では、公開前のこの時期には公式ブログでチョコチョコと製作の様子や画像が伝えられたものであるが、「コクリコ坂」以後、公式ブログを中止しているのでほとんど情報がえられない。夏の公開まで楽しみを取っておくほかないようだ。

今年の夏、ジブリは巨匠のそろい踏み。1988年の「となりのトトロ」「火垂るの墓」以来。それも別々にロードショーだから、スクリーンをハシゴしなければならない。支出は2倍。


上のポスターの元絵となったマンガ「風たちぬ」のひとコマ。堀辰雄の小説「風立ちぬ」の冒頭で、軽井沢の高原でヒロインが描いている油絵のイーゼルが風で倒れる場面がある。(モデルグラフィックスより)


ポスターを見ると「風立ちぬ」というタイトルと「いざ生きめやも」と小さく惹句、「堀越二郎と堀辰雄に敬意を表して」とある。戦前の天才的戦闘機設計者・堀越二郎の物語で、機能的で美しい飛行機にあこがれた堀越二郎へのオマージュとなるだろう。
自分自身少年時代からのヒコーキマニアである宮崎氏の趣味性と広く大衆を動員しなければならない興行とのかねあいが危惧されるところであるが、そこは宮崎さんのことだからうまいこと折り合いがついたのではないか。

ジブリ作品では毎昨、使用音楽が話題になる。今回は鈴木プロデューサーからユーミンの「飛行機雲」が使われることが示唆された。ユーミン作品は「魔女の宅急便」で「ルージュの伝言」「やさしさに包まれたなら」が極めて効果的に使われた。「飛行機雲」も含めどれも荒井由実時代の初期作品である。「飛行機雲」は高校生の頃の作というから、40年前。なんとなく悲しい曲ではあるが、意味は判然としない。死とか病気を示唆しているし、飛行機雲も出てくるから「風立ちぬ」にはふさわしいのかもしれない。私の娘は「エンディングでこの曲が流れたら絶対泣いてしまう」と言っている。なるほどね。最近のYoutubeでは本人歌唱のオリジナル曲が削除される傾向にあるからこのリンクもいつまで生きているかわからない。


「風立ちぬ」というと松田聖子の歌を思い出す人も多い。たぶん堀辰雄の小説からタイトルと高原のイメージを借りただけ。私は大好きな曲である。「秋きぬと目にはさやかに見えねども風の音にぞおどろかれぬる」(藤原敏行)と重なって秋の到来を感じさせる曲である。しかし「風立ちぬ」という堀辰雄のつけたタイトルがまたポール・ヴァレリーの詩『海辺の墓地』からの借用で、「風立ちぬ、いざ生きめやも」という句は詩の一節であり、堀の小説の冒頭に出てくる。それはともかく、詞・松本隆、曲・大瀧詠一の「風立ちぬ」は現在の多くの日本人には堀辰雄の小説よりはるかに馴染み深い。なんなら宮崎駿の「風立ちぬ」のオープニングに使われても私としてはウェルカムなくらいである。


モデルグラフィックスに連載された「風たちぬ」はほとんど戦前の日本の航空機開発のウンチクである。若き堀越二郎が限られた日本の工業技術水準の制約の中で悪戦苦闘する。イタリアの飛行機設計者カプロニが二郎の先生役で随所に登場する。宮崎氏は「紅の豚」でもおなじみなようにイタリアの飛行機が大好きなのだ。ヒコーキ趣味の宮崎氏としてはそれだけでも十分このマンガは成立したんだろうが、マンガの後半になって突如として女性が登場する。映画化を視野に入れたのかもしれない。

物語として膨らませるためにはロマンスが必要だ。そこで堀辰雄の「風立ちぬ」のシチュエーションを導入したのではないか。小説「風立ちぬ」は八ヶ岳山麓のサナトリウム「富士見高原病院」で療養する結核の女性と堀自身と思われる小説家との間の恋の物語。小説ではヒロインの名は「節子」であるが、宮崎版では「菜穂子」となっており、これは堀辰雄の別の小説「菜穂子」から取ってきたものと見える。

下:マンガ「風立ちぬ」(モデルグラフィックス)より。富士見高原病院は実在し、現在も営業しているが、昔の病棟はもうない。堀辰雄自身もここに入院していた。


堀辰雄の「風立ちぬ」には格別ストーリーらしいものはなく、結核病棟で徐々に弱っていくヒロインと小説家との交流が淡々と描かれる。宮崎版では主人公は名古屋の三菱で戦闘機の設計に忙しい中、たまたま休養に訪れた軽井沢でヒロイン菜穂子に出会い、恋に落ちる。その後彼女は高原病院に入院し、二郎は見舞いに行く。堀越は菜穂子に美しい飛行機を見せたいがために奮闘する。二郎の努力は九試単戦となって結実し、その後のゼロ戦へとつながる。

大型ラジコン模型で復活した九試単戦。 モデルグラフィックスより。


宮崎氏の「出発点」という随筆集を読むと、小説「風立ちぬ」の舞台となった八ヶ岳南麓が宮崎氏と関連あることがわかる。宮崎氏はジブリ設立以前、ヒマな時期があり、夏には夫人の実家が持つ八ヶ岳の別荘で過ごした。することもなく、テレビもない別荘で、宮崎氏は姪達が持ってきた少女雑誌「なかよし」しか読むものがなく、寝転がって読むうちにあの「コクリコ坂から」の映画化の構想を得たという。実際に実現したのはなんと30年後。「コクリコ坂」を監督した宮崎吾郎氏も少年時代にその別荘で同じマンガを読んでいたという。ということで、堀辰雄と八ヶ岳つながりで地縁がないことはない。実際、宮崎氏は別荘から遠からぬ富士見高原病院に見学に行ったことがあるとか。

八ヶ岳南麓。


八ヶ岳中腹の別荘地帯。数年前にドライブした時撮影。


さらに宮崎氏は堀辰雄のファンのようでマンガ中で「私は堀辰雄が好きだ」と言っているし、詩の引用もしている。マンガ「風立ちぬ」には堀越二郎が本郷で小説家となった堀辰雄と会食する場面がある。実際に両者は一歳ちがいで学部は違えど東大で同時期を過ごしている。ただし本当に交流があったのかどうかは知らない。宮崎氏の創作ではないだろうか。

下:堀越二郎が本郷のレストラン「ペリカン」で堀辰雄と会う場面。堀は犬、二郎はブタ。


「風立ちぬ」という堀辰雄の小説から借りたタイトルからも推察できるように、二郎の恋人菜穂子は結核で死ぬことになる。昔は結核は死の病だった。マンガも二郎が九試単戦を完成したところで終わる。我々からすると、その後堀越二郎は名機ゼロ戦をはじめとした幾多の戦闘機の開発、戦後はYS-11の開発に携わることになるわけだからそこらも見たいところであるが、戦争物にはしたくない、というのが宮崎氏の本意だろう。

2013年7月の映画「風立ちぬ」レビューはコチラ

一昨年の関連エントリはコチラ。重複した記事もあるが、参照して欲しい。

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火野正平 日向に

  • 2013/01/08(火) 12:44:00

本日朝の放送で、NHK-BSで毎日やっている火野正平の「こころ旅」が大分県から宮崎県に入った。県北にいい所はたくさんあるが全部素通りして最初は日向市の金が浜である。若い頃サーファーだった人の思い出。佐伯駅からJRで門川まで来て、門川から金が浜間を自転車で走る。20kmまではないだろうか。

門川駅を出発する。たぶん日曜日の本編では門川駅の商工会でのやりとりも見れるはずだ。私の全く知らない間に来てたとは。知ってたら見に行ったんだが。


駅から漁港の方に行ったようだ。上納屋の岩田水産の前。「いつも見ちょるよー」と声がかかる。


後ろに岩田水産の看板。


妙な所を通っている。これは文化センター近辺の海岸沿いの裏道。極力幹線国道を避けているようだ。国道10号線を使えば最短距離なんだが、本日は全く通らない。


日向病院あたりから梶木のMr.Max裏を抜けて細島へ。地元の人しか知らない裏道である。事前に綿密にルートを検討してるようだ。


細島で。アフランシールから撮影したようだ。


市街地中心部からは旧国道の県道226で財光寺を通過。


平岩あたりで山道に入る。どの地点も地元の人なら門川から金が浜に行くのに絶対通らない奇妙なルートばかりである。


お倉ヶ浜を見下ろすところで、サーファーを見る。


本日の放送はここまで。肝心の金が浜は日曜の本編で。

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聖福寺

  • 2013/01/06(日) 00:26:58

東長寺のすぐ近くに聖福寺がある。グーグルマップで見ると博多駅から程近い都心部に東長寺よりはるかに広大な境内を持っている。


寺のあらましを寺の公式サイトから引用するとーーー
ーーー聖福寺(しょうふくじ)は建久6年(1195年)に将軍源頼朝公よりこの地を賜り、栄西禅師(ようさいぜんじ)を開山として創建された日本最初の禅寺です。山号を安国山とし、寺号を聖福至仁禅寺(しょうふくしじんぜんじ)と称します。 後鳥羽上皇より、日本で最初の禅寺である事を意する「扶桑最初禅窟(ふそうさいしょぜんくつ)」の号を賜わりました。聖福寺の境内は、創建当初、鎌倉幕府源頼朝公より方八町(900m四方)を戴き、七堂伽藍(しちどうがらん)を建立して、丈六の釈迦(しゃか)・弥勒(みろく)・弥陀(みだ)の三世仏を安置していたと伝えられています。塔頭(たっちゅう)も三八院(現在は六院)を数えました。ーーー

聖福寺
聖福寺 posted by (C)オトジマ

ここの土塀も瓦を埋め込んでいる。長い塀だ。古くはないが美しい。そのうち時代がついていい雰囲気になるだろう。
聖福寺
聖福寺 posted by (C)オトジマ

門を入るなり公園のような広い境内に驚く。土一升金一升の都心部で贅沢な土地利用である。マンションを建てたら大儲けである。これでも創建当初よりはだいぶ狭くなっている。しかし、いかんせん寒ーーい。
P1035913
P1035913 posted by (C)オトジマ

山門。中には入れない。以前の山門は慶応2年(1866)に焼失し明治44年(1911)に再建された。
聖福寺
聖福寺 posted by (C)オトジマ

聖福寺
聖福寺 posted by (C)オトジマ

仏殿。寺の公式サイトには天正17年(1589年)中興、とある。しかしほとんど新築同様。昔の部材はごくわずかのようだ。
聖福寺
聖福寺 posted by (C)オトジマ

聖福寺
聖福寺 posted by (C)オトジマ

ケヤキの柱の木目が美しい。触るとホントに木か?というくらいスベスベしている。ヒノキの横板もツルツルで、プラスティックじゃないの?というくらい。カンナだけでこうなるの?
聖福寺
聖福寺 posted by (C)オトジマ

仏殿内部。寺の公式サイトによれば、平成18年には阿弥陀仏、平成21年には弥勒仏、平成24年には釈迦仏が開眼とあるから、すべて近年の作。
聖福寺
聖福寺 posted by (C)オトジマ

右の塀の内側は墓地。
聖福寺
聖福寺 posted by (C)オトジマ

開山堂。天正17年(1589年)
聖福寺
聖福寺 posted by (C)オトジマ

庫裏。方丈や庫裏の一般の拝観はできない。
聖福寺
聖福寺 posted by (C)オトジマ

たいへん立派な寺と庭園ではあるが、とにかく寒い日でゆっくりと散策できる気温ではなかった。夏の暑いころなら緑陰の散歩が楽しいかもしれない。また来よう。

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東長寺 大仏

  • 2013/01/05(土) 00:01:33

東長寺の名物は木造坐像では日本一の大きさの大仏。いろいろ限定がついてるのでその日本一はあまりあてにならないが、確かに立派な仏だ。着色なしの木の地色のままなのがなかなか良い。
東長寺
東長寺 posted by (C)オトジマ
どこにも撮影禁止の表示を見かけなかったし、外人さん達もバチバチ撮っていたので写真を撮ってきた。

大仏のメイキング画像が展示してあった。最初はヒノキの大木である。日本産なんだろうか?
東長寺
東長寺 posted by (C)オトジマ

首を嵌めるところ。巨大なので、パーツに分けて製作された。
東長寺
東長寺 posted by (C)オトジマ

大仏の下は胎内めぐりになっている。地獄の様子のレリーフが並んでいる。さして怖くない。

三途の川。すでに善人と悪人で乗る船も行く先も異なっている。これを見るとやはりあちらの船に乗りたいのが人情。私は格別悪事を働いた覚えはないのであっちに乗れると信じてはいるが。
東長寺
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閻魔様の前に引き出される亡者たち。天秤やら鏡やらの吟味道具がある。
東長寺
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東長寺
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東長寺
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東長寺
東長寺 posted by (C)オトジマ

東長寺
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地獄めぐりの後には真っ暗な曲がりくねった通路を手すりをたよりに外に向かう。最後には仏様が見送ってくれるので多少楽な気持ちになって外に出られる。
東長寺
東長寺 posted by (C)オトジマ

東長寺近辺にはたくさんの寺がある。これは妙楽寺。
「ういろう伝来の地」とある。
P1035891
P1035891 posted by (C)オトジマ

妙楽寺への参道
P1035892
P1035892 posted by (C)オトジマ

妙楽寺の土塀。古瓦を埋め込み、遊び心に満ちた面白い意匠である。そう古くはない。
P1035889
P1035889 posted by (C)オトジマ

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