豊後森の街並

  • 2013/09/29(日) 19:26:48

玖珠の市街地から耶馬溪方面に国道387号をやや行くと藩政時代の趣を残す街並がある。森藩には城がなかったので城下町とは言えないのかもしれない。

国道沿いにあった教組の建物もなかなかレトロ。かつては何らかの公的施設だったものを払い下げしてもらったものか。ネットで調べてもよくわからない。
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P9229050 posted by (C)オトジマ

草ボーボーなので一瞬廃屋か?とも思うが、中を覗くといかにも労働組合の事務所風。大分県は日教組の牙城だったなぁ。
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P9229045 posted by (C)オトジマ

ネット上でよく見るショットがここ。いかにも古い街並。
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P9229053 posted by (C)オトジマ

石畳が整備された街並。三島公園に続いている。
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P9229062 posted by (C)オトジマ

江戸時代の建物はない。明治に大火があり街全部が燃えたという。明治の建物もあまりないのかもしれないが、レトロ感ただよう通りではある。
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P9229056 posted by (C)オトジマ

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P9229060 posted by (C)オトジマ

薬店は建物は新しいがレトロ感を演出している。
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P9229058 posted by (C)オトジマ

旧郵便局。現在はカフェ。手前のオニは「童話の里」にちなむ。
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P9229061 posted by (C)オトジマ

久留島記念館。森出身の口演童話家、久留島武彦に関する展示がある。
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P9229057 posted by (C)オトジマ

久留島武彦(1874年生)という名も「口演童話家」という奇妙な肩書きにもなじみがない。玖珠町が「童話の里」を名乗っているのはこの久留島武彦の出身地だからである。街のあちこちに和洋各種の童話のキャラクターの看板やら人形やらが散らばっている。高速道路からは大きな赤鬼が出迎えてくれる。

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img074 posted by (C)オトジマ
かといって久留島武彦が桃太郎や金太郎を創作した訳ではない。口演童話家として各地で子ども達に童話を語り続けた人である。その他、雑誌を出したり東京で幼稚園を経営したりボーイスカウトを作ったり、と多彩な活動をした。詳しくはコチラで。

しかし、興味深いのはこの久留島武彦は豊後森藩最後の藩主・久留島通靖の孫であること。世が世ならお殿様なのである。しかし彼は大分中学時代にアメリカ人宣教師S・H・ウェンライトと出会い、大きな影響を受け、キリスト教の洗礼を受けた。それにより久留島氏一族の籍を抜けたので、爵位もないとかという話。元来はいかに小藩とはいえやんごとなき身分のお方なのである。

久留島の著作
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P9229070 posted by (C)オトジマ

久留島の経営した東京の早蕨幼稚園の冊子
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P9229068 posted by (C)オトジマ

久留島の墓は久留島家代々の菩提寺、安楽寺にある。
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P9229122e posted by (C)オトジマ

下の案内板によれば、久留島は東京で活躍した人だが「故郷の大岩扇山の見えるところに墓を作り、その上に仏を乗せよ」みたいな遺言をしている。戒名もしっかりある。ということは中学の時に入信したキリスト教は晩年には離れたのだろうか。
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P9229123 posted by (C)オトジマ

三島公園の下に「わらべの館」がある。郷土玩具の展示場や町立図書館がある。とくに驚くようなものはない。背景にある大岩扇山のほうがよほどインパクトが強い。さぞ景色の良さそうな山だが、山頂は平になっていて牧場があり、あまり展望はきかないとか。
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P9229100 posted by (C)オトジマ

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豊後森駅 

  • 2013/09/29(日) 00:31:35

久大線の豊後森駅は近年蒸気機関車時代の扇形車庫で有名である。
蒸気機関車時代には全国にありふれた施設だったが、いつのまにか見られなくなってしまった。南延岡駅にもあって私が高校生の頃には写真を撮りに行っていたものだ。南延岡駅のものもいつしかなくなってしまっている。

昔はありふれたもので見向きもしなかったが、もうなくなりそうだ、となると不思議なもので見に行きたくなる。

森駅の駅前通り。日曜日の午後、人っ子ひとり見かけない。ゴーストタウンのような通り。昔は賑わっただろうな。玖珠川をはさんだ対岸の国道210号線沿線は大型店や郊外型レストランが立ち並び大変繁華であるから、住民が消滅した訳ではない。
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P9229044 posted by (C)オトジマ

森駅。なかなかシックな駅舎である。
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P9229020 posted by (C)オトジマ

お洒落な蕎麦屋のような駅の入り口。
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P9229021 posted by (C)オトジマ

車庫は駅からやや離れていて駐車場が整備されている。
いちおう「立ち入り禁止、構内の事故には責任負えない・・・」みたいな立て札があるが、せっかくここまで来て誰がそんなもの気にするだろう。遠慮せずどんどん中に入る。
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P9229039 posted by (C)オトジマ

転車台はあるが、線路は通じてない。
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P9229022 posted by (C)オトジマ

かなり広い建物である。
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P9229023 posted by (C)オトジマ

ガラスは割れ放題で昔の備品も散らかって全くの廃墟。このまましておいて欲しいな。

集煙装置がまだぶら下がっている。
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P9229027 posted by (C)オトジマ

線路は撤去されている。せめて一本くらいは残してついでにD51でも置いて欲しいところだなぁ。あちこちの公園でさび付いているヤツを一両持ってくればいい。
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P9229028 posted by (C)オトジマ

ロケ撮影にうってつけの場所なので、どこかの撮影隊が写真を撮っていた。コスプレ少女たちはおもちゃの剣やピストルを手に持っている。なんのコスプレなのかは知らない。
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P9229032 posted by (C)オトジマ

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P9229033e posted by (C)オトジマ

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P9229037 posted by (C)オトジマ

これは裏から見たところ。
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P9229019 posted by (C)オトジマ

駅構内。何本ものさびついた線路が並び、かつての鉄道の賑わいを示す。向こうに車庫が見える。
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P9229043 posted by (C)オトジマ

10月にはイベントがあるようだ。
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P9229051 posted by (C)オトジマ

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長崎街道 内野宿

  • 2013/09/28(土) 01:02:16

久留米から築上町に行くのに筑紫野から国道200号で冷水峠を越えた。峠を越えて飯塚市に入ったところに内野宿がある。長崎街道は小倉から長崎に至る脇街道であった。この街道で冷水峠が最大の難所だったとか。今は長大なトンネルが抜けて車ならラクに越えられる。

国道からほんの少し入ったところに旧街道が並行している。
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P9239208 posted by (C)オトジマ

古い街並や建物がズラリと並んでいる、という訳ではない。
数軒の旅館の跡がかろうじて残る。旅籠の跡に案内看板だけが立っているというのは大分の今市宿にも似ている。

明治初年に建ったという150年ほど前の建物だが、ほとんど廃屋と化していてもったいない。なんとか整備できないものか。
小倉屋という質屋だったとか。江戸期には伊能忠敬測量隊一行が宿泊したという。
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P9239214 posted by (C)オトジマ

旅籠・肥前屋跡。内野宿の展示館となっている。
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P9239221 posted by (C)オトジマ

旗はこの奥の寺のもの。これは仏旗というそうだ。全国、どころか世界の仏教の統一旗らしい。一瞬創価学会の旗かと思ったが、創価学会旗はこの上半分だけである。
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P9239206 posted by (C)オトジマ


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P9239209e posted by (C)オトジマ
上の地図で見るとこの宿は街路がT字型になっていて一本の道が筑豊本線を越えて山のほうに伸びている。昔は筑豊から大宰府に参る山越えの道があったという。現在は使われず、車も越えないらしい。その道沿いに「内野の大イチョウ」という巨木がある、というので寄ってみた。

「大宰府天満宮米山越道」の石柱。元禄・嘉永期の奉納。
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P9239211 posted by (C)オトジマ

この道が大宰府に至る道。古い建物は残ってない。
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P9239224 posted by (C)オトジマ

ヒガンバナとソバの花の向こうに大イチョウ
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P9239236 posted by (C)オトジマ

巨木というのは近くからは写真に収まらず、遠くから撮るとスケール感がわからない、というふうに撮影が難しい。とにかく巨大な木であるのは間違いなく、黄色く色づく頃には見物客が多いらしい。
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P9239244 posted by (C)オトジマ

イチョウの根方には薬師堂がある。
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P9239228 posted by (C)オトジマ

堂内の仏像。木像である。
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P9239232 posted by (C)オトジマ

イチョウの根方の仏達
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P9239230 posted by (C)オトジマ

内野宿のマンホール
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P9239243 posted by (C)オトジマ

筑豊線内野駅。
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P9239247 posted by (C)オトジマ

内野宿遠景。山の向こうが大宰府
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P9239249 posted by (C)オトジマ height=img src=http://photozou.jp/photo/show/207044/188052276

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石炭長者 蔵内邸 3

  • 2013/09/27(金) 00:08:55

前回前々回ポストの続き

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P9239253 posted by (C)オトジマ

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P9239254 posted by (C)オトジマ

蔵内邸を外から見る。これは勝手口。駐車場から来ると、この門から入ることになる。やはり正門から入りたい。
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P9239366 posted by (C)オトジマ

塀は立派な石造
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P9239350 posted by (C)オトジマ

右が蔵内邸
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P9239363 posted by (C)オトジマ

蔵内邸は田んぼの中の集落にある。隣近所にも大きな屋敷が並ぶ。左が蔵内邸
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P9239371 posted by (C)オトジマ

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P9239367 posted by (C)オトジマ

蔵内邸の横には神社があり、道路から田んぼの中を参道が延びている。観光客はみんなこれが屋敷への進入路だと勘違いして右折しようとするが、バリケードがあるのであわててブレーキを踏む。神社は貴船神社。
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P9239250 posted by (C)オトジマ

参道も神社に渡る石橋も蔵内家の寄進。御影石の立派な橋である。
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P9239352 posted by (C)オトジマ

貴船神社
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P9239353 posted by (C)オトジマ

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P9239357 posted by (C)オトジマ

ともかく、期待にたがわぬ超豪邸である。伊藤傳右衛門邸(飯塚市)や高取伊好邸(唐津市)より立派かもしれない。しかし伊藤邸は柳澤白蓮というロマンがあるし、高取邸は観光地唐津の海のそばというロケーションの良さがある。北九州の炭鉱成金たちの豪邸はほかにも麻生財閥の大浦荘、安川財閥・貝島財閥の屋敷もある。こんなに成金豪邸が妍を競う地域は全国でも炭鉱地帯だった北九州だけではないか?「炭鉱王豪邸めぐりの旅」はまだ楽しみが残っている。

一般公開が始まって半年、邸内の案内係はすべて女性で、張り切って頑張っておられた。これで300円は安い。近所はまったくの農村で売店もないので観光客はお金の落としようがない。伊藤傳右衛門邸のようにお洒落な売店でも設けたらいいと思う。近々、有料の茶菓のサービスは始まるとか。

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石炭長者 蔵内邸 2

  • 2013/09/26(木) 00:03:41

前回からの続き

引き続き、築上町にある旧蔵内邸

団体さんが広間でガイドから説明を聞いている。
平日ならかなりすいているはず。前日にはバイクでやって来た若者が1時間も寝っころがっていたとか・・・
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P9239333 posted by (C)オトジマ

部屋によって襖、欄間など趣向を凝らしている。
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P9239285 posted by (C)オトジマ

繊細な細工の欄間。
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P9239331 posted by (C)オトジマ

花鳥の彫刻の欄間
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P9239287 posted by (C)オトジマ

各部屋の床の間には美しい生け花。
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P9239318 posted by (C)オトジマ

なにせ部屋が30以上もあるから生け花だけでも大量に準備しなければならない。
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P9239284 posted by (C)オトジマ

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P9239270 posted by (C)オトジマ

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P9239273 posted by (C)オトジマ

長大な廊下を風雨から守る雨戸も多数に上るので、収納する戸袋も分厚い
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P9239291 posted by (C)オトジマ

軒下は網代編
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P9239317 posted by (C)オトジマ

中庭
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P9239272 posted by (C)オトジマ

内部から庭を見る
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P9239332 posted by (C)オトジマ

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P9239300 posted by (C)オトジマ

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P9239315 posted by (C)オトジマ

立派な庭であるが、伊藤傳右衛門邸の方が回遊式で楽しい。
庭木が伸び放題だったものを、最近京都から庭師を呼んで整備したとか。
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P9239269 posted by (C)オトジマ

周囲に大きな建築がないので庭が広々と感じられる。近所の農家の屋根が見える。かつてはカヤ葺きだったもの。
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P9239316 posted by (C)オトジマ

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P9239296 posted by (C)オトジマ

靴脱ぎの巨大な御影石が廊下ごとにある
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P9239344 posted by (C)オトジマ

太鼓橋は進入禁止で渡れない。残念。
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P9239342 posted by (C)オトジマ

奥から明治、大正、昭和と重ねた増築のヒサシが連なる。
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P9239345 posted by (C)オトジマ

大変な豪邸であることがわかる。
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P9239343 posted by (C)オトジマ

補修した部分もあるだろうが、全般に大変状態が良く保存されている。最近まで人が住んでいたからだろうか。とても100年前の材料とは思えないほど。

次回に続く。次回は屋敷の外回り。

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石炭長者 蔵内邸 1

  • 2013/09/25(水) 01:29:47

豊後高田のジナシさんのブログで福岡県築上町に蔵内邸という保存公開住宅があることを知り、ぜひ行きたいと思っていた。

福岡県には自治体が多く、とても覚えきれない。築上もマジマジとその字を見たのはこれが初めて。町内には自衛隊築城基地があるが、こちらは築城をツイキと読むのでややこしい。


より大きな地図で 旧蔵内家 を表示

蔵内家とは明治大正期に炭鉱王として羽振りの良かった一族である。大正8年には全国6位の産出高をほこったという。炭鉱は筑豊各地にあった。築上は一族の郷里である。蔵内家のあらましは築上町のサイト参照のこと。

旧伊藤傳右衛門邸(飯塚市)、旧高取伊好邸(唐津市)など、石炭成金の豪邸はとても見ごたえがある。この屋敷は明治から大正にかけて数次にわたって増築を繰り返し、蔵内家3代が暮らした。蔵内家の炭鉱業は昭和になるとかげりを見せ、会社は解散する。その後、この屋敷も人手に渡っていたものを、近年築上町が買い取り、修復して、今年の4月に公開を始めたもの。チケットを見ると、今までの半年で15000人ほどの訪問者があったようだから、ならすとおよそ一日100人。

期待にたがわず、素晴らしい豪邸だった。写真が多いので、数回に分けてアップロードする。

築上は炭鉱地帯の筑豊から一山越えたすぐの所。周防灘に面する農業地帯である。京築アグリラインという広域農道を走ると、ちょうど国東半島のように尾根筋と間の狭い谷筋が交互に現れる。そんな谷筋の真ん中の田んぼの中にポッカリと集落がある。
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P9239251 posted by (C)オトジマ

駐車場は裏口の方にあるが、順序として正面からご案内する。
正門である。巨大な門扉はこのほど新調されたもののようだ。
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P9239351 posted by (C)オトジマ

玄関から正門を振り返る。
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P9239256 posted by (C)オトジマ

ファサード。公開住宅でなかったらいかにも敷居が高そうだ。
世が世なら貧乏人には絶対上がれない豪邸である。
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P9239255 posted by (C)オトジマ

玄関は大理石張り。
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P9239258 posted by (C)オトジマ

上がり框も大理石。
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P9239257 posted by (C)オトジマ

玄関だけでもかなり広い。
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P9239334 posted by (C)オトジマ

受付で300円払うと、いきなりトイレがある。気になる所なので写真に撮る。タイルが美しい。朝顔はオリジナルではないらしい。
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P9239261 posted by (C)オトジマ

手洗いも大理石張り。
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P9239260 posted by (C)オトジマ

他の場所のトイレ。ここも大理石
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P9239321 posted by (C)オトジマ

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P9239310 posted by (C)オトジマ

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P9239322 posted by (C)オトジマ

昔なつかしい陶製の和式便器
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P9239308 posted by (C)オトジマ

大理石のフロ
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P9239312 posted by (C)オトジマ

大理石尽くし
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P9239306 posted by (C)オトジマ

長い廊下は長い無節、柾目の一枚板。継ぎ目はそうといわれないと気づかない。スベスベなので裸足で歩くのが気持ちよくて正解とか。せっかく屋敷に上がる前に靴下を履いたのは失敗。
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P9239275 posted by (C)オトジマ

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P9239263 posted by (C)オトジマ

タタミ敷きの廊下もある。この廊下だけで24畳あるとか・・・
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P9239304 posted by (C)オトジマ

廊下の天井はアーチ型になっている。
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P9239305 posted by (C)オトジマ

天井板は最高級の屋久杉で、特有の複雑な木理が見える。大変保存状態が良い。
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P9239293 posted by (C)オトジマ

どこもかしこも無節の柾目一枚板。
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P9239283 posted by (C)オトジマ

フスマも障子もとんでもなく広い。
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P9239295 posted by (C)オトジマ

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P9239298 posted by (C)オトジマ

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P9239301 posted by (C)オトジマ

蔵内邸は敷地面積7135平方m、延床面積1250平方m、部屋数30以上という巨大、かつ贅を凝らした和風建築の粋である。建築史家の藤森照信氏によれば、和建築が絶頂期に達したのは意外と江戸時代ではなく、明治大正期だそうだ。江戸時代は幕府の方針もあり質素倹約が旨の時代だが、明治期にそのタガがはずれ、各地の豪商・成金が思い切り贅を尽くした住宅を建てたという、この蔵内家もその代表例だろう。飯塚の伊藤傳右衛門邸、唐津の高取伊好邸をも上回るのではないか、という邸宅である。

次回に続く

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国東 小武寺

  • 2013/09/24(火) 00:43:40

北九州に行った帰り、杵築市山香の国道10号線から少し入ったところの小武(おだけ)寺に寄ってみた。夕日に照らされた山里の寺は無住ということもあり、人っ子一人なく静まりかえっていた。
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P9239409 posted by (C)オトジマ

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P9231925 posted by (C)オトジマ

ちょうど秋分の日でヒガンバナが盛り。
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P9239415 posted by (C)オトジマ

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P9231917 posted by (C)オトジマ

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P9239418e posted by (C)オトジマ

小武寺には仁王がいる。国東半島特有のデザインである。
目玉には銅板がはめ込まれている。
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P9239416e posted by (C)オトジマ

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P9231921 posted by (C)オトジマ

仁王が稲田を見守る
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P9239419 posted by (C)オトジマ

この寺は無住で本堂はない。宝物を収蔵するコンクリート建ての収蔵庫とこの薬師堂がある。
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P9239421e posted by (C)オトジマ

クスの巨木がある
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P9239426 posted by (C)オトジマ

周囲の風景
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P9239428 posted by (C)オトジマ



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日知屋城 鵜戸神社

  • 2013/09/20(金) 11:53:07

日知屋城を散策した。この城については過去記事がコチラにあるので、城については書かない。

いい天気で日向灘がキレイ。
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P9188961 posted by (C)オトジマ

伊勢ヶ浜海水浴場は海水浴客は消え、サーファーの天下となっている。駐車場には大阪ナンバーが数台止まっていた。
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P9188957 posted by (C)オトジマ

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P9188964 posted by (C)オトジマ

柱状節理の岩。東尋坊になりそこね。
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P9188963 posted by (C)オトジマ

お倉ヶ浜方面。中央の小島がトドロバエ。戦中に富高海軍飛行場があった頃には、あの岩礁が爆撃訓練の標的になっていたとか。
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P9188965 posted by (C)オトジマ

岬の大御神社近くに、境内社となる鵜戸神社がある。この小さな入り江の奥の海蝕洞である。
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P9188979 posted by (C)オトジマ

絶壁に通路が整備されている
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P9188980 posted by (C)オトジマ


大きな海蝕洞である
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P9188969 posted by (C)オトジマ

最奥に祠
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P9188972 posted by (C)オトジマ

祠から外を見るとこう。昇り竜が見えるというが・・・?
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P9188973 posted by (C)オトジマ

立ち位置を変えてみると・・・これが竜かな?
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P9188976 posted by (C)オトジマ

由来はコチラで
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P9188982 posted by (C)オトジマ/a


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都農 道の駅

  • 2013/09/18(水) 23:48:36

この夏、都農に道の駅ができた。以前から10号線沿線に「道の駅建設反対」という看板が立てられていたが、誰がなぜ反対しているのかな、と疑問に思っていた。道の駅で不利益をこうむるのはダレだろう。ははーん、商売敵になる人たちかな?

テレビのニュースでも賑わっていることが伝えられた。一月以上たった日曜に寄ってみた。場所は都農神社の南隣である。道の駅駐車場から神社に向けて赤い橋が作られて参道となっている。
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P9158902 posted by (C)オトジマ

夕方というのに店の内外は大賑わい。
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P9158906 posted by (C)オトジマ

すでに野菜売り場はスッカラカン。商機を逸している。
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P9158904 posted by (C)オトジマ

惣菜、弁当の類も売り切れ。商売繁盛だ。
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P9158903 posted by (C)オトジマ

その他、おなじみの地場産品や地元の方たちの手作り品なども並ぶが、特段珍しいものはない。何も買わずに出たが、なんでこんなに賑わっているのか疑問だった。そういえば、日向の道の駅から先、宮崎までライバルとなる道の駅がないなぁ。

道の駅から10号線と反対方向、旧道に出るところに土壁の古い建物があった。屋根の一部は壊れたまま。風情はあるが、そう長い命ではないかもしれない。
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P9158910 posted by (C)オトジマ

奥の寺は浄土真宗本願寺派、報恩寺。
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P9158911 posted by (C)オトジマ

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P9158913 posted by (C)オトジマ

※DTI閉鎖にともない、ブログ移転してます。以下にどうぞ。FC2の「一歩 日豊 散歩」




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高鍋ルピナスパーク

  • 2013/09/17(火) 12:36:37

高鍋ルピナスパークは10号線沿いにあるのでいつも横に見ながら通るが、中に入ったことがなかった。元来が県の農業大学校なのでさしたることはないだろうと思っていた。

とても広い公園である。広々とした芝生や遊具があるので子供連れには最適。
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P9158854 posted by (C)オトジマ

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P9158874 posted by (C)オトジマ

農業大学校。圃場を含めるととても広い。
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P9158889 posted by (C)オトジマ

空撮。
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P9158883 posted by (C)オトジマ

農業関連の展示室があるメインホール
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P9158888 posted by (C)オトジマ

展示場
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P9158886 posted by (C)オトジマ

おなじみの古い農具が並ぶ
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P9158885 posted by (C)オトジマ

口蹄疫関連の展示がある。県民としては関心を持つべきなんだろうが・・・。当時テレビでよく見た防護服。福島原発でもこれかな。よく見ると不織布。デュポン社製である。意外やあんな大企業が作っているところを見ると高度な技術が使われているのかも。使い捨てである。
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P9158882 posted by (C)オトジマ

小さい秋みつけた・・・
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P9158858 posted by (C)オトジマ

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P9158877 posted by (C)オトジマ

コブシの実。不思議な形。房になっているようで、一つにくっついている。集合果というそうだ。なるほど・・・
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P9158861 posted by (C)オトジマ

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