惜櫟荘だより

  • 2013/06/09(日) 18:59:25

5月26日、BS朝日「惜櫟荘ものがたり」を見た。惜櫟荘(せきれきそう)とは岩波書店の創業者・岩波茂雄が熱海に建てた別荘である。現在は作家の佐伯泰英の所有になっている。

数年前、NHKBSの書評番組で児玉清と佐伯泰英の対談を見たことがある。対談の場所はこの「惜櫟荘」であった。佐伯に関心はなかったが惜櫟荘のすばらしいたたずまいが強く印象に残っている。

BS朝日、惜櫟荘ものがたり」サイトより
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BS朝日の番組は惜櫟荘の2年に及ぶ修復工事の模様をドキュメンタリーにしたものである。佐伯は相模湾の見える高台の家屋を購入していた。その後に隣家が岩波書店の建物であることを知る。そんな時、この岩波別荘が売りに出されていることを知り、そこにマンションでも建てられたら自分の家からの眺望が台無しになることを恐れ、借金での購入を決意した。この建築は著名な建築家吉田五十八(よしだいそや)の手になるものであり、吉田自身これを終生最も納得の行く自作だと語ったという。

佐伯の著書『惜櫟荘だより』より。佐伯の住居から俯瞰したもの。隣家とはいえ、かなり離れている。
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佐伯は惜櫟荘の来歴を知るほどに、これは将来に残すべき貴重な文化遺産であると考えた。惜櫟荘は戦時中に完成しているから築70年ほどであるが、純木造であり、長期的な保存や実際の居住を考えると全面的は解体修復を必要としていた。たかだか30坪の小さな建築であるが凝りに凝った数奇屋建築であり、特殊な材料や専門職人による高度な技術を要し、2年もの時間を要した。番組でも佐伯の著書にもかかった費用は述べられてないが莫大な金額になるはずである。そこらはとても気になるところ。

室内からの相模湾の眺め
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惜櫟荘が岩波の所有だった時、ポーランドの映画監督アンジェイ・ワイダがここに宿泊した。彼は雨の降るこの窓からの眺めを絵に描いて、置き土産とした。かなり本格的な絵であり、広重の浮世絵を彷彿とさせる。実はワイダは少年時代に見た浮世絵から美術を志し、美術大学在学中に映画に転向した経歴を持つから、絵が達者なのは当然なのである。黒澤明みたいだ。残念ながらその絵がネット上に見当たらない。『惜櫟荘だより』にはモノクロの写真版があるが、やはりカラーでないと・・・


『惜櫟荘だより』は岩波の広報誌「図書」に2年にわたり連載され、岩波書店から単行本化されたものである。佐伯がたまたま惜櫟荘を入手するに至った経緯、修復の模様、そして佐伯のスペインでの回顧譚が中心である。佐伯の経歴は知らなかったのであるが、小説化に転向する以前は売れないカメラマンでスペイン在住時は堀田善衛宅の食客だった時期もあるという。堀田に興味ある人には面白いエピソードが語られる。その後作家に転向し長い不遇時代が続く。スペインを題材にしたした小説や国際冒険小説がさっぱり売れなかった。同じくスペイン物の冒険小説ばかり書いてベストセラー作家になった逢坂剛がいるが最近は逢坂剛も時代物に転じている。

左:双葉社文庫「居眠り磐音 江戸双紙」第1巻。右:『惜櫟荘だより』
佐伯
佐伯 posted by (C)オトジマ

佐伯は時代小説に転じ、六十を過ぎてから時代小説文庫作家としての地位を固める。今、書店の文庫の棚を大きく占拠する佐伯のシリーズ物は10にものぼるがおおむねこの10年以内にスタートしている。月間で1冊以上を書き下ろすという超売れっ子である。NHKの時代劇ドラマ「陽炎の辻」になった「「居眠り磐音 江戸双紙」シリーズはなんと43巻1500万部というから寅さんなみの超ロングベストセラーである。仮に10%の印税が入るとするとこのシリーズだけでおよそ10億円!

佐伯は六十過ぎて富豪になったのであるが、その金を古建築の保存に費やしたのである。惜櫟荘は元来が岩波茂雄の趣味で建てられた現代数奇屋建築で、成金趣味とは対極にあり、大変趣味が良い。風前の灯だったこの貴重な建築遺産は、佐伯に買われて幸運だった。ここは佐伯の本を1冊くらいは読まねばなるまい、という気になってきた。

次回エントリで「居眠り磐音 江戸双紙」の感想を記す。

※DTI閉鎖にともない、ブログ移転してます。以下にどうぞ。FC2の「一歩 日豊 散歩」




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