宝亀教会

  • 2013/05/12(日) 01:21:52

平戸島、紐差からやや平戸市街よりに宝亀という小さな集落があり、宝亀教会がある。国道から離合もできない細い坂道で畑や林の中を登っていく。ほんとにこんなところに? 物見遊山の外来者が入っていくのが気が引けるようなひなびた小さな集落である。
宝亀
宝亀 posted by (C)オトジマ

駐車場は結構広くて、県外車が何台か停まっていた。こんなところにも観光客が来るんだ・・・ まぁ、自分もそうだけど・・・
宝亀
宝亀 posted by (C)オトジマ

小さいけれど赤い壁がかわいい教会だ。
宝亀
宝亀 posted by (C)オトジマ

明治31年(1898年)頃建設らしいからすでに100年以上経っている歴史ある教会だ。世界遺産(文化遺産)暫定リストへ掲載が決まった「長崎の教会群とキリスト教関連遺産」を構成する教会の1つである。
宝亀
宝亀 posted by (C)オトジマ

宝亀
宝亀 posted by (C)オトジマ

瓦は和瓦。洋風建築に和瓦という組み合わせは相性がいい。
宝亀
宝亀 posted by (C)オトジマ

宝亀
宝亀 posted by (C)オトジマ

この教会は内部撮影禁止なので窓の外から撮ってみた。ステンドグラス越しなので色つき。
宝亀
宝亀 posted by (C)オトジマ

宝亀
宝亀 posted by (C)オトジマ

教会に来た近所の老人が「これはモチの木」と教えてくれた。このかわいらしい教会は観光用や結婚式用のチャペルではなく、地元の人々の信仰の場だというのがあまり実感できない。おそらく集うのは老人ばかりではないか。
宝亀
宝亀 posted by (C)オトジマ

宝亀からもう一つ北にある入り江が川内である。湾の対岸から見る川内集落は私にとっては夢の中の景色のように思えた。
紐差
紐差 posted by (C)オトジマ

紐差に行く途中は国道を通り過ぎただけだが、この集落の中を通り抜ける旧道があるはずで、古い家屋が残っているはずだ、とめぼしをつけ、帰りには旧道を通ってみた。
川内
川内 posted by (C)オトジマ

やはり古い店や家屋が残っている。車が少なく静かだ。
懐かしい街並。
川内
川内 posted by (C)オトジマ

この床屋は現役だと思う。ネジネジのサインに電源コードが来ている。グルグル回ってはいなかったが。重要文化財クラスの床屋だ。
川内
川内 posted by (C)オトジマ

このタバコ屋も現役。昔は旅館だったような。
川内
川内 posted by (C)オトジマ

川内
川内 posted by (C)オトジマ

川内
川内 posted by (C)オトジマ

蒲鉾屋が多い。この集落の名産品だという。一軒に寄って蒲鉾を買い、食べてみた。おいしかった。
川内
川内 posted by (C)オトジマ

川内
川内 posted by (C)オトジマ

紐差
紐差 posted by (C)オトジマ

このエントリーをはてなブックマークに追加
LINEで送る

平戸 坂の町

  • 2013/05/09(木) 01:28:53

寅さんは全国の風情ある古い街並を訪れていて、平戸にも来ている。1977年の「男はつらいよ 寅次郎頑張れ!」である。映画撮影直前に平戸大橋は開通していたが、映画には全く登場しないし、寅さんは島へはフェリーで渡る。車で橋を渡るんじゃ絵にならない。

天守閣から撮ったカット。寅さんの乗った船が近づく。懐柔櫓の屋根瓦が古い。現在の瓦は新しく葺き替えたもののようだ。


手前は中村正俊、船の上に寅さん、背景の山は城山で懐柔櫓が見えている。


1977年の平戸港。遠景に市役所とその左のNTTビルが見えている。


映画より。港近くの町の中。やはり古い。


映画中のザビエル記念教会。今は薄い緑色に塗装されていた。


寅さんが教会から坂道を下ってくる。この坂道が平戸名所。
現在と比べると36年前はかなり、小汚い。換言すればとても古色あふれて風情がある。土塀は苔が生えてボロボロ。さて現在ではどうなっているか・・・・


坂道を上から俯瞰。現在では左の大きな木造建築はなくなっている。


この坂道を登るのが平戸の目的のひとつだった。
さっそく登ってみよう。商店街から坂道の取り付きまでは殺風景。この先に絶景が見える。
平戸寺院坂
平戸寺院坂 posted by (C)オトジマ

寺と教会が同時に見えるこの場所では観光客が皆カメラを構える。
平戸寺院坂
平戸寺院坂 posted by (C)オトジマ

教会と寺という異質な組み合わせが絶妙である。
平戸寺院坂
平戸寺院坂 posted by (C)オトジマ

映画撮影時の後で、土塀は土台の石垣とともに改修されたようだ。寅さんが歩いた坂道もいいが、改修後もそう悪くない。瑞雲寺の本堂はコンクリートである。
平戸寺院坂
平戸寺院坂 posted by (C)オトジマ

土塀がえもいわれぬ曲線を描く。
P5057635
P5057635 posted by (C)オトジマ

うーん。ちょっと新しすぎ?
平戸坂道
平戸坂道 posted by (C)オトジマ

平戸寺院坂
平戸寺院坂 posted by (C)オトジマ

P5057655
P5057655 posted by (C)オトジマ

光明寺のソテツ越しに瑞雲寺を見る。
平戸寺院坂
平戸寺院坂 posted by (C)オトジマ

平戸寺院坂
平戸寺院坂 posted by (C)オトジマ

光明寺
P5057646
P5057646 posted by (C)オトジマ

光明寺
平戸寺院坂
平戸寺院坂 posted by (C)オトジマ

平戸坂道
平戸坂道 posted by (C)オトジマ

平戸坂道
平戸坂道 posted by (C)オトジマ

平戸坂道
平戸坂道 posted by (C)オトジマ

坂道から下を俯瞰。坂道を登りきると、正宗寺があり、その先にザビエル教会がある。
平戸坂道
平戸坂道 posted by (C)オトジマ

このエントリーをはてなブックマークに追加
LINEで送る

城島の酒蔵

  • 2013/05/07(火) 12:49:21

久留米市西部に城島地区がある。かつては城島町だったが大合併で久留米市に併合された。有名人ではオウム真理教の上祐史浩サンがここの出身とか。

城島は瓦と清酒の名産地。去年、隣町の太刀洗町の今村教会の見物に行ったおり、寺男の方がしきりに「屋根瓦は城島瓦」と自慢してたので、ホホウ城島瓦というのはここらではブランド瓦なんだな、と知った。
城島
城島 posted by (C)オトジマ

城島は神戸の灘・京都の伏見・広島の西条とならぶ酒どころとして有名だという。現在では9つの蔵元が存在している。昔はもっとあったはずで、現在では清酒需要が減退しているから経営は大変ではないだろうか。

大正時代の城島の酒造場。
城島
城島 posted by (C)オトジマ

昔は大川鉄道(後に西鉄大川線)が走っていた。
P5047516e
P5047516e posted by (C)オトジマ

城島
城島 posted by (C)オトジマ

花の露酒造には大変大きな木造の酒蔵が残っている。
城島
城島 posted by (C)オトジマ

城島
城島 posted by (C)オトジマ

この長い板塀。屋根を覆うつる草まで、風情がある。
城島
城島 posted by (C)オトジマ

和瓦の大屋根は味があるなぁ。ホレボレ。
城島
城島 posted by (C)オトジマ

鉄骨とスレートで大きな工場が安価に作れる時代に、この巨大な木造建築は貴重だ。ぜひ残して!
城島
城島 posted by (C)オトジマ

城島
城島 posted by (C)オトジマ

事務所かな?今では使われていないようだ。
城島
城島 posted by (C)オトジマ

この会社にはどこにも近代建築がないところが素晴らしい。
城島
城島 posted by (C)オトジマ

道路を挟んだ工場を結ぶパイプライン。
城島
城島 posted by (C)オトジマ

城島
城島 posted by (C)オトジマ

城島
城島 posted by (C)オトジマ

萬年亀酒造も古さが風情を醸す。
城島
城島 posted by (C)オトジマ

萬年亀酒造の事務所。万年生きた亀が藻を生やすみたいに事務所もツタに覆われつくしている。大丈夫かね?
城島
城島 posted by (C)オトジマ

城島の隣、大善寺の「菊菱」もすてきな酒蔵の雰囲気を残すが、現在ではウナギ屋さんに衣替えしている。
城島
城島 posted by (C)オトジマ

城島
城島 posted by (C)オトジマ

城島
城島 posted by (C)オトジマ

店内の写真はコチラにたくさんある。ウナギは高いので残念ながら食べなかった。
城島
城島 posted by (C)オトジマ

「菊びし」の前に広がる筑後川の旧川道。
城島
城島 posted by (C)オトジマ

城島の翌日に見たのがこれ。酒蔵つながりで、長崎県の潜龍酒造「本陣」の建物。佐世保市の江迎町にある。佐世保というより平戸の近くである。
本陣
本陣 posted by (C)オトジマ

ここにも巨大な木造建築が。
P5057568
P5057568 posted by (C)オトジマ

手前の建物は昔、松浦藩御用の本陣として使われていた。
酒のブランド「本陣」はそこから来ている。
本陣
本陣 posted by (C)オトジマ

本陣
本陣 posted by (C)オトジマ

潜龍酒造前には江迎湾が細長くのびる。向こうに松浦鉄道の鉄橋が見える。
P5057577
P5057577 posted by (C)オトジマ




このエントリーをはてなブックマークに追加
LINEで送る

蒲江

  • 2013/04/03(水) 00:07:13

高速の北浦-蒲江間が開通して県境の向こうの蒲江が身近になった。また蒲江地域では国道388号の改良であいついでトンネルが開通し、いくつもの浦々が短絡された。去年2度ほど行っているが、あらためて高速経由で行ってみた。タダなので気楽だ。

国道からはずれた蒲江浦地区。本来の蒲江の中心部。大きな蒲江湾のなかにさらに小さな入り江がある。

より大きな地図で 蒲江浦 を表示


正面の建物が旧役場。現佐伯市蒲江振興局
蒲江
蒲江 posted by (C)オトジマ

蒲江
蒲江 posted by (C)オトジマ

旧役場前。深島、屋形島へのフェリー乗り場。小さな待合室がある。
蒲江
蒲江 posted by (C)オトジマ

細い路地のさびれた商店街。
蒲江
蒲江 posted by (C)オトジマ

寂れているが、この雰囲気は好きだ。同じような漁師町の呼子の町に似ている。呼子はいまやB級グルメの町で大賑わいであるから、真似できるかも。その時にはこの古い商店は核となれる。壊すなよ!!
蒲江
蒲江 posted by (C)オトジマ

蒲江
蒲江 posted by (C)オトジマ

商店街を離れると、迷路のように古い路地が入り組んでいる。車のない時代に成立した街区。火事の時には大変だ。門川の尾末も30年前まではこんなだったものだ。
蒲江
蒲江 posted by (C)オトジマ

蒲江
蒲江 posted by (C)オトジマ

蒲江
蒲江 posted by (C)オトジマ

蒲江
蒲江 posted by (C)オトジマ

その奥に古い塀で囲まれた立派なお屋敷が・・・・
蒲江
蒲江 posted by (C)オトジマ

御手洗家である。
蒲江
蒲江 posted by (C)オトジマ

御手洗家は古くから蒲江の大庄屋を務めた旧家である。
今では日本財界の巨頭、キヤノン社長を務めた御手洗富士夫氏の実家として有名である。
現在では医業を営んでいる。キャノンの初代社長、御手洗毅氏も一族で、産婦人科医のかたわら社長を務めたという。御手洗富士夫氏は第6代・8代社長で、御手洗毅氏の甥にあたる。

蒲江浦にある現御手洗病院
蒲江
蒲江 posted by (C)オトジマ

近所の御手洗産婦人科は御手洗病院院長の弟さんの経営
蒲江
蒲江 posted by (C)オトジマ

小学校のころ、同じ学年に御手洗という姓の生徒が転校してきた。ナニ?おてあらい?? え? ミタライって読むの?イジラれそうな変わった苗字だ。しかし、これがなかなか由緒ある氏族らしい。蒲江の御手洗氏は瀬戸内水軍清原氏が起源という。
先日テレビで瀬戸内海の大崎下島(呉市)の御手洗集落という古い街並が紹介されたが、この地名も御手洗一族に由来するとか。

御手洗の街並(ウィキペディアより)


大崎下島の御手洗についてはコチラ

蒲江の御手洗一族の歴史については御手洗病院院長の御手洗東洋氏が本にしておられる。コチラ





このエントリーをはてなブックマークに追加
LINEで送る

三重 市場の街並

  • 2013/03/26(火) 00:12:07

久住、竹田方面に行く時にはよく国道236号で三重の町を通る。三重に限らず市街地の国道はおおむね昔の街道をはずして新道が作られている場合が多い。三重の町も現国道に平行して昔の日向街道が市街地の中を通っている。離合もままならないような細い道である。市場、という地域に古い街並が残っているというが・・・

古いといえば古いが、昭和の残り香がわずかに残っているというくらい・・・。 虫食い状に駐車場ができ、古い商店はポチポチ。セメントレンガの舗装である。
三重
三重 posted by (C)オトジマ

古い街並の案内マップ看板もある。
市場
市場 posted by (C)オトジマ

古い通りをアピールするなら、古い建物は古いままで、妙に化粧直しして欲しくない。まぁ、それは他人の勝手な願望で、住んでおられる方にはそれぞれに事情がある。
三重
三重 posted by (C)オトジマ

長田医院跡。昔の病院は洋館風が定番。
三重
三重 posted by (C)オトジマ

現在はカフェになっている。看板多すぎ。
三重
三重 posted by (C)オトジマ

三重
三重 posted by (C)オトジマ

貫禄のある古い店。
三重
三重 posted by (C)オトジマ

唯一、補修されていやにキレイな店、麻生醤油屋跡。復元するにあたって新築同様になると、せっかくの歴史を感じさせない。ここは公開されている。西南戦争時には西郷軍の宿舎になって、西郷も泊まったとか。
三重
三重 posted by (C)オトジマ

トタンの鉢巻なしで瓦のひさしのままの方がいい。プロパン屋さんなんて店舗に来て買う人いないんだから集客の必要なし。レトロに徹して欲しいところ。
三重
三重 posted by (C)オトジマ

ズバリ、昭和の店を名乗る金物店。いまどき、金物店なんて経営は大変だろう。
三重
三重 posted by (C)オトジマ

どこか戦後の趣を感じさせるライン。
三重
三重 posted by (C)オトジマ

錆びたトタン壁もいまや文化財か。
三重
三重 posted by (C)オトジマ

ノスタルジーを感じる古い商店街ではあるが、観光客が来るほどではない。核となる造り酒屋とか銀行とかが欲しいところ。


より大きな地図で 三重 市場 を表示 height=


このエントリーをはてなブックマークに追加
LINEで送る

別府 野口病院

  • 2013/03/24(日) 00:00:36

別府では、妻が野口病院で診察を受けた。10年ぶりの受診だったが、別に異常なし。野口病院は甲状腺の専門病院である。美智子皇后も若い頃、ここで手術を受けたとか。全国的にも高名な病院がわりと近くにあって幸運だった。ネットで見ると全国から受診に来ており、めちゃ評判がいい。
野口病院
野口病院 posted by (C)オトジマ

内部は広く、たくさんの受診者で大賑わい。これは検査室の待合室だから、ごく一部。
野口病院
野口病院 posted by (C)オトジマ

この方が初代の野口雄三郎博士。現在は三代目。
野口病院
野口病院 posted by (C)オトジマ

病院の横には昔の建物が保存されている。素敵な洋館建築。
野口病院
野口病院 posted by (C)オトジマ
野口病院
野口病院 posted by (C)オトジマ

この旧館の横の新館もまだまだ新しそうだが、この5月から近所にできた新しい建物に移転するというから、ここに来るのも最後だ。
これが新しい野口病院。5月の連休明け、7日から使用される。青山通りの別府公園真向かい。
野口病院
野口病院 posted by (C)オトジマ

地図で見ると病院所在地が野口中町なので地名から野口病院となったのかと思ったら、野口さんの病院だった。近所には、野口元町、野口原という地名もある。病院を建設し、公立若松病院の院長だった野口氏に寄贈したのは北九州の石炭成金・佐藤慶太郎氏。だから偶然のようだ。しかし、今回の移転により所在地は青山町になる.

別府公園の西、ビーコンプラザの向かいに赤レンガの建物がある。気になるので寄ってみた。京都大学理学部地球熱学研究施設・・・という長い名前。
京大
京大 posted by (C)オトジマ

登録有形文化財。1924年建造だからおよそ90年。
京大
京大 posted by (C)オトジマ

別府市HOPE賞とは、街づくりや建築に与えられる賞。現在は廃止されている。
京大
京大 posted by (C)オトジマ


より大きな地図で 野口病院 を表示


このエントリーをはてなブックマークに追加
LINEで送る

大野君、美々津へ

  • 2012/11/10(土) 00:43:16

今、ローソンのおにぎりのCMで美々津が登場している。たぶん短期のキャンペーンで長くは続かないかも。ローソンのご当地おにぎりシリーズの第一回は宮崎の「黒瀬ぶり照焼おにぎり」。画家に扮した嵐の大野君が美々津の町を歩く。


ご当地だからローカルCMかと思っていたら全国放送だった。
どこにも美々津とは表示されず、ヨソの人はわからないのが残念だ。大野君が佐野屋という店に入ろうとしている。


彼が歩くのはこの辺。もうちょっと向こうか。しかしどこにも佐野屋という定食屋なんて見当たらない。
PB090203
PB090203 posted by (C)オトジマ

定食屋はないが、カフェならある。江戸時代の民家だという。
PB090206
PB090206 posted by (C)オトジマ

実は「佐野屋」は架空の店。ノレンだけぶら下げたようだ。
地元の人に聞いたら大野君も実際に美々津に来てはいないんじゃないか、と言っていた。今は簡単に合成できるのであやしい。そもそも黒瀬ブリなんてこのあたりじゃ聞かない。串間の黒瀬水産のブリらしいから、美々津から150kmも離れている。
しかし、せっかくのご当地おにぎりだから食べてみた。大きなブリの塊が入っていてたしかにおししい。しかし1個240円というのはいかがなものか。


大野君??が朝日の中の漁港で絵を描いているラストシーン。権現崎が見える。


向こうに見える岬が権現崎。これは今日の様子。11日の立磐神社の祭礼のための船が準備されている。
PB090186
PB090186 posted by (C)オトジマ

立磐神社
PB090188
PB090188 posted by (C)オトジマ

町中、しめ縄が張りめぐらされハレの雰囲気がただよう。
PB090198
PB090198 posted by (C)オトジマ

ここの松林にもツワの大群落が。
PB090200
PB090200 posted by (C)オトジマ

大野君がこのCMについてインタビューを受けているが、美々津のことは一言も言わない。セット撮影のようだ。



このエントリーをはてなブックマークに追加
LINEで送る

県道41号

  • 2012/11/01(木) 01:29:48

都留から県道41号を北上する。
PA284663
PA284663 posted by (C)オトジマ

PA284669
PA284669 posted by (C)オトジマ

PA284668
PA284668 posted by (C)オトジマ

かつては萱葺だった古い農家があちこちに残る。
PA284640
PA284640 posted by (C)オトジマ

川上地区に常念寺がある。庫裏はかつて萱葺だったなごりがある。こんな山奥なのに400年の歴史のある由緒正しい浄土真宗の寺らしい。
PA284665
PA284665 posted by (C)オトジマ

セメント瓦ではあるが山門もある。
PA284650
PA284650 posted by (C)オトジマ

戸が閉まっているので中には入れなかった。大変立派な着彩の欄間が見える。
PA284666
PA284666 posted by (C)オトジマ

近隣は過疎化してる訳だから寺の維持も大変だろう。
PA284646
PA284646 posted by (C)オトジマ

寺の前を流れている大谷川。やや下流に陽目渓谷がある。大野川の上流である。
県道41号
県道41号 posted by (C)オトジマ

川上地区にある野尻川上神社。いい雰囲気の鎮守の森。イチョウが黄色くなりつつある。
県道41号
県道41号 posted by (C)オトジマ

河原地区で立派な農家を見かけた。トタン葺きになってはいるが、かつて萱葺だった頃はさぞ素敵だったろう。いまでも十分風情があるたたずまいである。
PA284686e
PA284686e posted by (C)オトジマ

二棟ある。
PA284687e
PA284687e posted by (C)オトジマ

県道41号
県道41号 posted by (C)オトジマ



あたりはこんな風。
県道41号
県道41号 posted by (C)オトジマ

このエントリーをはてなブックマークに追加
LINEで送る

美々津 海岸

  • 2012/10/23(火) 01:36:27

美々津の海岸には細い松林がある。が、ここもマツクイムシに食われつつある。
美々津
美々津 posted by (C)オトジマ

PA064398
PA064398 posted by (C)オトジマ

被害木は伐採されている
美々津
美々津 posted by (C)オトジマ

駐車場から南は広葉樹に植え替えられている
美々津
美々津 posted by (C)オトジマ

七ッ碆(ななつばえ)と美々津灯台
美々津
美々津 posted by (C)オトジマ

山頭火の句碑が立つ。 「墓がならんでそこまで波がおしよせて」
v
posted by (C)オトジマ

山頭火は昭和5年に美々津に滞在している。
PA064391
PA064391 posted by (C)オトジマ

この家の脇に道路元標が立っている。耳川大橋開通以前はこの通りが国道だった。さらに現10号線耳川大橋のやや上流にある美々津橋の開通(昭和九年)以前は、耳川河口は渡し舟で渡河した。距離の測定も渡し船の経路によった。
PA064392
PA064392 posted by (C)オトジマ

距宮崎元標13里34丁13間3尺。現在の10号線経由でここから県庁までおよそ55km。北隣の富高元標まで2里29丁33間。
美々津
美々津 posted by (C)オトジマ

このエントリーをはてなブックマークに追加
LINEで送る

美々津 愛宕神社

  • 2012/10/21(日) 23:07:58

美々津の裏通りを歩いていたら、「橋口家庭園」という案内があった。入り口がわかりづらいので人に聞いて入ってみる。この奥にある。
PA064432
PA064432 posted by (C)オトジマ

橋口家は愛宕神社の神職らしいから、いかにもそれらしい構え。
PA064450
PA064450 posted by (C)オトジマ

案内板を見ると、たいへん古くて由緒ある庭園ではある。
昭和11年に文部大臣指定、昭和32年に県指定の名勝になっている。
PA064449
PA064449 posted by (C)オトジマ

しかし・・・・
PA064464
PA064464 posted by (C)オトジマ

今、見てみると「名勝」というほどではない、と感じるのは私だけではないはずだ。小さい庭であるし、あまり手入れもされていない。
PA064458
PA064458 posted by (C)オトジマ

崖からの湧き水があり、池が作られている。ここから崖の上にある愛宕神社への上り口がある。
PA064461
PA064461 posted by (C)オトジマ

神社への参道の石垣も丸石で築かれている。
PA064437
PA064437 posted by (C)オトジマ

愛宕神社。社殿は新しい。
PA064434
PA064434 posted by (C)オトジマ

この小路のつきあたりに橋口家庭園と愛宕神社がある。手前のビルはスーパーニシムラ。かつては日向・門川の店舗網を広げた地場スーパーだった。
美々津
美々津 posted by (C)オトジマ

ニシムラの裏にある八坂神社。社殿はなく、小さな祠があるだけ。
美々津
美々津 posted by (C)オトジマ

鳥居の脇に地蔵が並ぶ。
美々津
美々津 posted by (C)オトジマ

このエントリーをはてなブックマークに追加
LINEで送る


ul class= name=%edit_name tabindex=%url